「どうかした?」
他にも何か問題があるのかと、早希は再び眉をしかめる。すると美穂は躊躇しながらゆっくりと口を開いた。
「その……結婚生活に不満があっても、子どものことや金銭的な理由で離婚に踏み出せない女性って、私以外にもたくさんいると思うの。グレディでそういう女性のための企画ができたらいいなって……」
「なるほど。それ、すごくいいアイデアね!」
食いつくようにして、早希は即座に頷いた。
コロナ禍による在宅勤務で、美穂のようにモラハラやDV被害にあっている女性が増加していると聞く。家の中で逃げ場を失った女性が数多くいるのなら、手を差し伸べる機会を作りたい。
「私自身、離婚を決めてから弁護士さんに相談したり自分でも調べたりして知ったことがたくさんあるの。知識がないまま動き出せずにいる女性に、我慢しなくていいんだよって伝えてあげたくて」
WEBメディア『グレディ』のコンセプトは、自立した女性が自分らしい人生を送るためのサイトだ。離婚を望む女性への情報発信は、まさに『グレディ』がやるべき企画だと思った。
真摯に語る美穂をまっすぐに見つめ、早希は力強く答える。
「最近巷で聞く“離活”ってやつね。その企画、絶対に通すわ。約束する」
言いながら、まるでこうなる宿命だったかのようにも感じられた。
隼人から『グレディ』のプロデューサーにスカウトされたことも、早希と美穂が偶然にも『グレディ』で一緒に仕事をするようになったことも。この企画を実現するためだったのかもしれない。
そんな風に考えてしまうほど意義のある、やりがいのあるテーマだ。体中にエネルギーが満ち溢れてくる。
「あと……早希にだけ、報告があるの」
興奮気味に、さっそく頭に浮かんだアイデアをスマホにメモしていると、再び美穂がおずおずと早希の顔を覗いた。
「うん?」
スマホ画面から目を離さずに答えたが、次の瞬間、早希は自分の耳を疑った。
「実は私、透さんから……その、告白されたの」
――……今、なんて言った?
目を見開き、言葉を失ってしまう。
つい先ほどまで美穂は離婚の話をしていたはずだ。それなのに、告白……?
「あ、でも、断ったというか今は考えられないって伝えたの。実際まだ離婚まで時間もかかるし。何より私、まずはしっかり自立したくて。再婚はその後でしか、まだ考えられないから……」
――透さんが告白?再婚って……?
確かに以前、女4人の集まりに大学時代の先輩である透が合流したことがあった。
その際、透と美穂がいい雰囲気なのを早希も目撃していて、主婦になってもママになってもモテる女っているのね……なんて、少々卑屈になったのも覚えている。
しかし未だ離婚も決まらないうちに、別の男性から愛を打ち明けられるとは。少なくとも早希の人生には起こり得ない展開だ。
「そ、そうなんだね……驚いた」
無理して笑顔を作ったものの、頬がこわばるのがわかった。そんな自分に自分で驚く。
――私、何やってんだろう……。
何に傷ついているのか……早希自身もすぐにはわからなかったが、自己嫌悪と焦りに支配されて息苦しくなってくる。
『プロデューサー就任が決まったら一緒にお祝いしない?……二人で』
40歳の女が恋する相手じゃない。そうわかっていながらも、気持ちを抑えられなくなった早希は北山隼人を自ら誘った。だがプロデューサー就任が正式に決定した後も、未だ彼から具体的な誘いはない。
独身であるにも関わらずデートすらままならない自分と、離婚前から再婚話が浮上する美穂。比較しても仕方がないとわかっていても情けなさが募り、虚しさが広がる。
「その……透さんのことは、一応ここだけの話でお願い」
上目遣いで念押しする美穂に頷いて見せながら、早希は乾き切った心に言い聞かせた。
私は美穂とは違う。恋愛に向かない女なのだ。下手な期待を抱くのはよそう。夢を見たら傷つくだけ。これまでどおり仕事に邁進するのが一番いい。
隼人に対する特別な感情は、ここで封印しよう。
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前向きに離婚へ突き進むものの「離活」のストレスが募る美穂。彼女の意外な決断とは
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