もしも、当たり前のように来ると思っていた明日が、何もかもが失われた世界だったらどうしますか? 3月18日発売のモーニング16号で第五部の連載が再開した「望郷太郎」は、目覚めた時、地球が壊滅的な状態となった500年後だったという男の物語で、これがまた圧倒的な世界観と圧のある画力でグイグイ読ませます。世代を問わず、「人類はとりあえず読んどけ!」と声を大にして言いたい作品です。

『望郷太郎』(1)山田 芳裕 著

蛇口をひねれば水が出て、食べ物は近所のコンビニでいつでも調達できる。着るものは家に居ながらにしてネットで取り寄せできるし、快適な空間で生活できるのはもはや当たり前すぎて改めて考えたことはない。と思うかもしれませんが、高度に発達した文明が未来永劫続くとは言えません。

 

「望郷太郎」の主人公・舞鶴太郎は、舞鶴グループ創業家の7代目で、舞鶴通商イラク支社の社長。世界中を大寒波が襲い、太郎は妻の美佐子と息子の光太郎を社屋に避難させます。交通手段が絶たれ、身動きが取れなくなった太郎は何百億円もかけて作った地下シェルターに避難し、まだ実験段階だった装置を使って家族でコールドスリープすることを選択します。天候が回復するまでの1ヶ月くらいの冬眠と考えていましたが、太郎が目覚めたのはまさかの500年後。

 

急いで美佐子と光太郎のもとに駆け寄りますが、ふたりの装置はとうの昔に止まっており、そこには亡骸が横たわっていました。施設内には人影はなく、シェルター内にあった酒をあおり、「一緒に眠ったまま 死にたかった……」と涙を流す太郎。もう生きている意味がないと首を吊ろうとしますが、中学入学のため、唯一日本に残っていたはずの長女・恵美のことを思い出します。たとえ大寒波を乗り切れていたとしても、500年後の日本に恵美がいるわけがありません。

 

その時、太郎はシェルター天井の窓から注ぎ込む自然光に気づきます。荒れ果てたビル内の階段を登り、外の状態を確認しにいきます。壊れたドアを開け、ビルの屋上にたどり着いた太郎の目の前には、雪景色の廃墟が広がっていました。

 

大寒波の後、地球は再び氷河期に突入していたようなのです。苛立ちをあらわにする太郎ですが、「せめて恵美や親父たちのその後を知って死んでやる!」と、イラクから日本に向かうことを決意します。地図を広げて現在位置を確認する太郎。船があったとしても操縦できないため、南下するよりは北上してカスピ海経由でシベリア鉄道を目指そうと考えます。

 

500年前に着ていたスーツとコートを身に着け、スーツケースに非常食や救急箱を詰め込む太郎。財布を開くと、この世界では役に立ちそうもないブラックカードがずらりと入っていました。それを見た太郎は、コールドスリープ以前のことを思い出します。側近から中東諸国での大幅な原油の輸出制限が決まりかけており、舞鶴通商の株価も大幅な下落が予想されると報告を受ける太郎。東京にいる太郎の父は内部留保でしのぐつもりでしたが、太郎は舞鶴家とグループの資産を守るため、社員の大量解雇を行うべきと断言。「人より金に頼るべきだ」という冷徹な判断を下したのです。

 

氷河期を経て、人がいるかどうかもわからない500年後の世界では、現金やクレジットカードがあっても意味をなしません。複雑な気持ちに苛まれた太郎は財布を投げ捨て、外に出ます。

地図と荒れ果てた看板を頼りに徒歩で北上する太郎ですが、のどの乾きに耐えきれず、川の生水を飲んだばかりに下痢に苦しみ、食料も残りわずか。道中で人を見かけることもありません。なんとか食料を確保せねばと、野生の羊などを捕まえようとしますが、狩りをしたことがない太郎に捕まえられるはずもなく、精魂尽き果てて雪が積もった道に倒れ込んでしまいました。このまま命が尽きてしまうのか、と思った時に馬に乗った謎の男2人が現れます。

ここまでが第二話で、太郎はなんとか命をつなぎとめるのですが、謎の男とは言葉が通じません。未来でありながら、荒廃しきって原始的な世界に逆戻りしてしまったような地球で、太郎は故郷を目指します。

日本に向かう旅路で、太郎はわずかに残った人々と出会います。彼らは狩猟で食料を確保し、動物の皮などで衣服や寝具を作るサバイバル生活を送っています。また、廃墟から使えそうなものを見つけては上手に活用しています。太郎もはじめはとまどいつつも、妻や子を失った今、半ば開き直っていまの生活に順応しようとします。

また、シベリア鉄道を目指して北上するうちに、他の人間にも遭遇します。不確定要素の多い狩猟だけでなく、農耕によって安定的に食料を確保できるようになることで、人々は集落を形成します。やがて集団の中で豊かな者が奴隷を従えるようになります。隣り合う集落同士は敵対し、それが戦争に発展していくこともあります。生活に必要なものを確保するために、かつては物々交換だったものが、やがて貨幣によって取引されるようになります。太郎はこうした人類の文明の発展を目の当たりにすることになります。

時々出てくる太郎の回想シーンを見ると、どこか傲慢で排他的で、お金が第一と考える人物のようです。サバイバル生活なんてとんでもなさそうな太郎が、500年後の世界の人々と暮らしをともにし、言葉を覚えてコミュニケーションを交わしていくうちに見た目にも内面にも変化が見られます。太郎は7代目の御曹司ですが、知性や判断力を持ち合わせており、その能力や経験が500年後の世界でも活かされることになります。

独特の力強いタッチと圧のある絵が、シビアな生活環境と太郎の心情をリアルに描き出していきます。かつては表情に乏しく、常に眉間にシワを寄せていて、どちらかというといけすかない感じだった太郎は、500年後の世界では喜怒哀楽をあらわにし、生命力がほとばしっています。特に、太郎が数ヶ月ぶりに肉にありつけた時の表情は、顔芸極まれり! といった感じで、思わずこちらもその肉をかぶりつきたくなるほど。

大切な家族や自分が知っている人はとうの昔に死んでおり、持ち合わせていた言葉や常識が全く通じず、生きるか死ぬかの世界に否応無しに放り込まれた時に、自分の精神を正常に保つことすら難しいはず。実際、太郎もはじめは自暴自棄になります。それでも太郎はそこに家族はいないとわかっていながらも、故郷の日本を目指すことで気持ちを奮い立たせ、生きる道を選びます。

『望郷太郎』(4)山田 芳裕 著(2021年3月23日発売)

故郷への道中はまさにクレイジージャーニーではありますが、人類の発展や人が生きる意味など、さまざまなことを考えさせられる作品です。3月18日発売のモーニング16号で第五部の連載が再開し、3月23日には第4巻が発売される今こそ一気読みの好機! 1〜3話の試し読みでは太郎が肉を食べて感極まる様子も見られるので、ぜひチェックして。骨太のストーリー展開に心を鷲掴みにされるはず。インパクトのある絵も、しっかり脳裏に刻み込まれます。

1〜3話無料公開をぜひチェック!
▼横にスワイプしてください▼

続きはコミックDAYSで!>>

 

『望郷太郎』
山田芳裕 講談社

未曾有の大寒波により、地球は壊滅的な打撃を受け、世界は初期化される。舞鶴太郎(まいづるたろう)が人工冬眠から目覚めた時、避難から500年が経過。愛する家族を失い、人生のすべてが無に帰した。男は絶望の淵から這い上がり、「生きがい」を求めて、祖国「日本」を目指す。山田芳裕の価値観、世界観がギュッと詰まった壮大な物語。翼よ、これが未来だ。