4月16日からスタートした北川景子と永山瑛太のドラマ『リコカツ』。「君を守る」という言葉に感動し、出会って3ヵ月で結婚をしたファッション誌編集者・咲(北川景子)が、いざ一緒に暮らし始めてみると古風で堅物な夫の素顔を知り、「無理!」と離婚を決意するというもの。もちろんそこから二人の真の恋が始まるものと思われますが、この永山瑛太演じる堅物夫・紘一はとってもキャラ立っていて、「あり得ない!」とネットでも大きく話題になりました。というのも紘一は、共働きにも関わらず当然のように咲に朝食を作らせたり、父親が作ったという家訓を部屋に掲げ、早朝から咲に一緒に唱和させたり。自立した女性である咲は、当然ですが「アナタの価値観を押し付けないで!」となるわけです。
2大名ジェンダードラマ『逃げるは恥だが役に立つ』、
『私の家政夫・ナギサさん』とは異なる世界観
さてこのドラマ、第一回を見たときは、瑛太の怪演もあって紘一の堅物ぶりがよく出ていました。紘一の絶対的価値観は、「古来から男は女を守るものと決まっている。そして女は男の足りない部分を陰になり日向になり阿吽の呼吸で支える」というものです。コミカルに描かれているので笑って見てはいられるけど、意外とこういう古い価値観を抱いている男性は、いまだに結構いそう……。そのため私は、これはかの2大名ジェンダードラマ『逃げるは恥だが役に立つ』、『私の家政夫・ナギサさん』の系統を汲むものだ!と早とちりしてしまいました。家事の不平等の現実を優しく世の中に提起したこの2つのドラマ同様、いまだ厳然とはびこる夫たちの夫唱婦随思想をコミカルに描いた一作に違いない!と。
その発言、本当に「ワガママ」で「自己中」なのか?
ところが続く第二話を見たところ、どうも様子が違う……。というのもこのドラマ、どちらかというと紘一よりも咲のほうが圧倒的にワガママに見えるのです。たとえば紘一が部屋に飾った家訓。たしかに今どき家訓というのは引きますが、それでも紘一にとってはとても大事なものだということはドラマを見ていて伝わってきます。それを咲は「ダサい」と無神経に否定したり、自分の仕事の付き合いには協力しろと言うくせに、夫の職場のバーベキューは「そういうの苦手なのよね~」と却下したり。そしてひとたび紘一が反論すると、全て「アナタの価値観を押し付けないで!」。このひと言を、水戸黄門の印籠のように振りかざすわけです。
一方の紘一はというと、第一回でも、咲に「二人とも働いているんだから私だけが朝食を作るのはおかしいと思うの」と言われると、素直に「それもそうだな」と納得し、咲の要求をきちんとメモするなど歩み寄る姿勢を見せていました。この歩み寄りは、第二回で決定的になります。咲のために、上司に逆らってまでバーベキューパーティを抜け出したり、横暴な父親に対しては「夫婦でいつも妻だけが我慢するなんておかしい」と叱ったり。ものすごい勢いで女性の心情に歩み寄り、成長していっているのです。
むむむむ……、正直マズイです。このままだと、咲はただのイマドキ自己中キャリアウーマンでしかなくなる。そんな咲が、変わっていく夫を見直し惚れ直していくという、ちょっと面白い胸キュンドラマでしかなくなっていく。となるとジェンダーギャップとか、そもそも夫婦とは?とか、現代の離婚増加の背景に潜む問題がスルーされてしまうじゃないか。しかも瑛太の演じる堅物紘一が、何とも可愛げがあって好感度が高いので、その危険性は多いにある……。
そんな焦りが生まれ始めたときに、私はハッと思ったのです。そうだ、これは新しい時代の夫婦のあり方を問うための、“積極的是正”ドラマかもしれない!と。
と言われても、何のことだか分かりませんよね。そこで何が言いたいのか分かりやすくお伝えさせていただくために、ある記事を挙げたいと思います。それは先日、知り合いの女性編集者が送ってきてくれたもので、『米航空会社「パイロットの半分を女性や有色人種に」決断の理由』というもの。ユナイテッド航空は今年、傘下のアカデミーのパイロット候補生の約半分を女性と有色人種にする、と決定しました。その決断はおおむね賞賛されたのですが、一方で、「逆差別により優秀な白人男性が雇われないなんて怖すぎる」といった批判も噴出している。そんな出来事を紹介した記事でした。
この記事は非常に冷静な視点を保っていて、「不利な立場にある人を積極的に採用する“積極的是正”は、たしかに意見が分かれてきたところである。でも今回のユナイテッドのような大胆なことがなされなければ、チャンスがない人にはいつまでもない、という状況が続く。そもそもパイロットの候補生になれるだけで、実際にコックピットに入れるかどうかは別の話。やる前から女性や有色人種を危険だと決めつけるのは、それこそ偏見のように思える」と締めくくっていました。
そこでいきなりグイッと話を戻させていただきますが、『リコカツ』の咲の言動もこれだ!と思ったのです。あれもイヤだ、これもイヤだ、本当はこんなことしたくない、私はこうしたいんだ! 一回、そうやって女性が全ての不満を吐露し、一回、男性がとりあえず全て受け入れる。その不満内容の是非は別として。そうして初めて、これは単なるワガママだ、これはたしかに言われてみると不平等かも、と是正されていく。そう、咲の自己中は女性が幸せになるための積極的是正だと思うのです。
ちなみに、新垣結衣が演じた『逃げ恥』のみくりの、「好きなら家事をやってくれてもいいんじゃない、というのは愛情の搾取だ」という発言は、日本に住む私にとっては恐ろしく革新的に思えたものでした。しかしアメリカに住む私の姉は、「『逃げ恥』は好きじゃない」とずっと言っています。その理由は、「みくりの要求があまりに控えめでもどかしいから」だそう。なるほど……。
たしかにみくりのように理性的に女性の権利を主張していたら、日本の夫婦のジェンダーギャップが是正されるまでには何十年、いや何百年もかかりそう。パイロットを目指す女性や有色人種たちに、なかなかチャンスが回ってこなかったように……。
片付けでも、プロは「一回モノを全部出して並べろ。そこからいるもの、いらないもの、を分けていくのが一番効率的だ」と言っています。同じように、自己中だとか大人気ないとかそんなことを考えていないで、一回自分の不満や要求を全部出して並べてみるべき。そこから、いるものいらないものを精査していけばいいのです。つまり、夫婦関係における積極的是正。それが、咲がやっていることなのではないでしょうか。
そんなふうな角度で『リコカツ』を見てみたら、きっと咲の自己中さもまた一味違って見えてくるはず。物語はまだまだ序盤。これから咲や堅物夫・紘一がどのように描かれていくのかは分かりませんが、見ている女性、そして夫婦にとって、プラスにつながるものになればいいなと心から願っています。
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