人気の料理家・平野レミさんが、家族の思い出とともに自身のレシピを語るエッセイ集『家族の味』。上手に手を抜きながら作れる料理の数々に加え、「絶対に美味しい」を約束してくれる出汁のとり方、基礎の基礎である野菜の切り方、これさえあれば出来上がったも同然の「秘伝のタレ」……惜しげなく明かされたレシピの数々は、忙しい日常の中にすぐに取り入れられるものばかり。そのレシピが生まれた家族のエピソードも笑いにあふれ、1冊で2度美味しい本になっています。コロナ禍でまだまだ続く「STAY HOME」、楽しく美味しい食卓をつくるために必要なものとは、どんなものでしょうか?

『家族の味』著/平野レミ、絵/和田誠(ポプラ社)


料理しだいで野菜も肉も“人格”が変わる


平野レミさん(以下、レミさん):ある時、うちの夫の和田さんが、ロマネコンティっていう高いワインを持ってきたの。当時の私はビールしか飲めなかったから「イヤだ」って言ったんだけど、「とりあえず飲んでごらん」って言われて飲んだら、本当に美味しくてびっくりしちゃって。こんなに美味しいなら飲む!と言ったら、「これは後にも先にも、もう飲めないよ」って。

味がわかる「ベロ」を鍛えるには、そうやって美味しいものを食べることだと、平野レミさんは言います。食にこだわる両親のもとに生まれたレミさんは、小さい頃から美味しいものが大好きだったそう。その経験が生かされた料理の話が美味しそうなのはもちろん、「レミさんが作った料理を食べるのは楽しいだろうなあ」と思わせるレミさん自身の魅力が、本の文章から溢れています。

レミさん:人と食材で共通してるのは、料理の仕方しだいで全然人格がかわっちゃうこと。辛くて食べられない!と思う長ネギも、火を通すとすごく甘い子になっちゃう。男と女の関係とよく似てるのは「豚の角煮」ね。若い頃、中国料理店でこんな大きいお肉がお箸でスッと切れるのを食べて感動したのね。塊肉を買ってきて、家で作ってみたんだけれど、煮れば煮るほどカチカチに固くなる。めちゃくちゃ何回も作りましたよ。それで分かったのは、調味料も何も入れないでコトコトコトコト長時間煮れば、お肉はどんどん柔らかくなるってこと。お肉が柔らかくなってから調味料をいれるとお肉にすっと味が入って美味しくなる。ほら、男女の関係も、最初から「好きだ好きだ」って言い続けてもダメでしょ? 受け入れ体制が整えば気持ちも入っていって、「私も好きよ」ってなる。よく似てるのよ。

納得行くまで同じ料理を何度も何度も作る。角煮はその最たるものだったそうです。とはいえそこまで何度も失敗することは、珍しいことなのだとか。

 


トライ&エラーを楽しむことこそ料理


レミさん:今までで一番の失敗は、あるお正月に作ったお汁粉。塩と砂糖を間違えて入れて、お鍋で作った全部をダメにしちゃいました。でも一回失敗したらもう二度と間違えないようになる。失敗したらお金がもったいないーーそういう気持ちはとても大事だけど、真面目に一生懸命やっても失敗する時はあるもの。でも失敗のままで終わらせなければいいんです。

『家族の味』より。絵/和田誠

レシピ通りに作ってもいいけれど、失敗を恐れずにトライするのこそ楽しい。食材をひとつ変えるだけで別の料理になる、無限のレシピができる。それを楽しむことこそが料理だと、レミさんは言います。

レミさん:この間ある番組で「ホタテどっち?」っていう料理を作ったんです。エリンギの輪切りと、粉をはたいた貝柱を一緒に炒めるんだけど、見た目はソックリで味は違っちゃってる。でも放送直前に、貝柱じゃなくエリンギの方に粉をつけようと思いついたわけ。そうすれば貝柱から出た味が、エリンギの粉に絡んで、味もソックリになると思って。周りには「レミさん、貝柱の方に片栗粉ですよ!」って止められたんだけど、これが大成功で、どっちがどっちかわからない。次は松茸でやってみようと思ってるのよね。「松茸どっち?」って。エリンギと松茸を割いて、エリンギに粉つけて、松茸はちょっとだけ。そうしたら全部松茸の味になっちゃうんじゃない?