このような変化によって、実際に脳の機能にはどのような影響があるのか。

脳には様々な能力がありますが、とりわけエピソード記憶や作業記憶、遂行機能は加齢だけで低下しやすいことが知られています。これらの機能は60歳以降に低下しはじめ、加齢とともに加速度的に低下することが報告されています。物事の処理能力が低下し、時間がかかるようになるため、話す速度もゆっくりになる傾向があります。そう聞くと納得かもしれません。

全ての脳の機能が衰えるわけではない


「遂行機能」というのは、物事を順序立てて実行する機能です。例えば、スマートフォンの操作一つとっても、まず指紋認証や顔認証、パスワードを適切に入力してロックを解除し、必要なアプリケーションを探し出して、その上をタップするというようなプロセスが必要になります。慣れてしまっている人からすれば簡単な作業のように感じられるものの、実際には数多くの工程を一瞬で脳が処理していることがわかります。

こういった機能は70歳以降に比較的急速に衰えてくることが知られており(参考文献5)、若い人とは異なってスマートフォンの操作が難しくなる場合があるのです。しかし一方で、80歳でもスマートフォンを使いこなし、遠くに住む子供や孫にテレビ電話をするなんていう光景も見たことがあるのではないでしょうか?

 

私自身、数多くの高齢患者さんを診療する立場にありますが、70歳や80歳でもスムーズに遠隔診療に自分で参加される様子を目にしてきました。

実際、「歳をとったから」といって全ての脳の機能が衰えてしまうわけではありません。

 

例えば、見慣れた物や顔を認識する能力、距離の判断は生涯にわたって安定し、若年者よりも良い場合すらあることが知られています(参考文献6・7)。また、語彙や一般的な知識なども比較的保たれやすいことも知られています(参考文献8)

このように、衰えるところもあれば衰えないところもあり、それらを長年にわたって得た経験、知恵、非認知的な要素がカバーすることで、95歳や100歳になっても社会や家庭での機能を維持することができるのです。


前回記事「認知症=アルツハイマー病は誤解!原因によっては治療も可能【医師が解説】」はこちら>>


参考文献
1 differentiates normal aging from MCI. Neurology 2009; 72: 1906–13.
2
 Sastry PS, Rao KS. Apoptosis and the nervous system. J Neurochem 2000; 74: 1–20.
3
 Dorszewska J. Cell biology of normal brain aging: synaptic plasticity-cell death. Aging Clin Exp Res 2013; 25: 25–34.
4
 Mountz JM, Laymon CM, Cohen AD, et al. Comparison of qualitative and quantitative imaging characteristics of [ 11 C]PiB and [ 18 F]flutemetamol in normal control and Alzheimer’s subjects. NeuroImage Clin 2015; 9: 592–8.
5
 Harada CN, Natelson Love MC, Triebel KL. Normal cognitive aging. Clin Geriatr Med 2013; 29: 737–52.
6
 Wilson RS, Beckett LA, Barnes LL, et al. Individual differences in rates of change in cognitive abilities of older persons. Psychol Aging 2002; 17: 179–93.
7
 Bian Z, Andersen GJ. Aging and the perception of egocentric distance. Psychol Aging 2013; 28: 813–25.
8
 Salthouse T. Consequences of age-related cognitive declines. Annu Rev Psychol 2012; 63: 201–26.

構成/中川明紀
写真/shutterstock

 
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