フランス在住の作家・パリュスあや子さんが描く、愛の国フランスに住む日本人の恋愛模様。駐在妻・葉子の場合はーー。

 
これまでのお話
商社マンの夫に付いて、二年前にパリにやってきた葉子。フランス語もまだままならず、疎外感を抱きがちなパリ暮らしのなかで唯一のフランス人の友達・ソフィと家で映画を見ていると、大学時代の同級生、武臣から電話がかかってきて。

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三年目のシャンパンフラッシュ(2)


武臣とはFacebookで繋がっているだけで、卒業後は十年近く連絡を取っていなかった。

「お久しぶり。元気? 来週、パリ出張なんだ。今そっちで暮らしてるんだよね。良ければご飯でもどう?」

だから突然のメッセージに、私は飛び上がった。昔とちっとも変わらない、くだけた気楽なノリがしみじみと嬉しくて、何度も何度も読み返した。

パリに越してから一年半、少し鬱っぽくなっていた時期だった。
アパルトマンのある十六区は、パリ南西部。凱旋門とブローニュの森に隣接していて、セーヌ川をはさんでエッフェル塔が真向かいにある。高級住宅街として知られ、比較的治安が良く、高給取りのパリジャンはもちろん日本人駐在員も多く住んでいる。

夫に明るい顔を見せてあげるのも駐在妻の仕事のうち?スライダー1_1
夫に明るい顔を見せてあげるのも駐在妻の仕事のうち?スライダー1_2
夫に明るい顔を見せてあげるのも駐在妻の仕事のうち?スライダー1_3
夫に明るい顔を見せてあげるのも駐在妻の仕事のうち?スライダー1_4


観光地というより、ブルジョア層が優雅に暮らし、買い物もできる落ち着いたエリアといえるだろう。

パリに来た当初こそ、張り切って連日のように美術館や教会などを観て歩いた。でもメトロに乗れば物乞いにお金を求められ、何度かスリにも遭いそうになり、だんだん移動に嫌気がさしてきた。

そんなとき、ルーヴル美術館の近くでロマの少女たちに囲まれた。逃げようとしても集団で押してくるように道の隅に追い立てられ、身体をさぐられ、バッグの中身が飛び散った。幸いお財布も携帯も無事だったけれど家の鍵を失くし、決定的なトラウマになってしまった。

 

それから一年以上、ほとんど徒歩圏内で生活している。

引きこもりがちになった私を心配して、夫・啓介けいすけの同僚の先輩駐在妻で、とても面倒見の良い年上の奥様が時々声をかけてくれる。彼女は社交的で、在仏日本人の友達も多い。

「いいなぁパリ。グルメ、ファッション、アート!」

啓介に付いていくことが決まった時、日本の友達は口を揃えて羨ましがった。皆が思い描く「理想のパリ生活」を体現しているのが、彼女のような人なんじゃないだろうか。

例えばトロカデロの歴史あるサロン・ド・テ「カレット」で優雅なティータイム。

でも私は落ち着かない。素敵なカフェに憧れはしても、元々貧乏性なせいもあり、いざ足を踏み入れてみると「場違い」感がすごい。

 

お茶とケーキで二千円……観光地のぼったくり値段というわけでなく、地元の人も普通に払っている。つまりハイソとは、こういうものなんだろうけど……

「私たちは自分のキャリアを捨てて夫に付いて来てあげたんだから、パリ暮らしをしっかり楽しまなきゃ駄目よ」
「そうそう! なにかと不便で大変だけど『外国暮らしでも大丈夫。満足してるわ』って、夫に明るい顔を見せてあげるのも駐在妻の仕事のうちなの」

先輩マダムたちからそう諭されても、自分で働いていないことがだんだん引け目になっていった。

 
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