私も日本で勤めていた会社を退職せざるを得なかった。帰国したら仕事に復帰したかったけれど、職探しから再スタートしなければいけない。
同行家族ビザではフランスで仕事ができないから、パリでは家事中心の生活。今さらながら、自分は働いたり、忙しくしているのが好きなんだなと痛感した。結果を出したり、評価されないと不安。
ネットでできる内職も考えたものの、細々と手間がかかるわりに儲からない。私がしっかり家計を管理し、出費を抑えるほうがよほど合理的に思えた。
夫を飴と鞭で励まし、ちゃんと家事もこなしながら、暇があればお茶会をし、ミシュランの星付きレストランのランチを企画し、旅行にも出かけ、逞しく日々を満喫する――そんな駐在妻たちには素直に脱帽する。
でも私は街を散歩して、パン屋でクロワッサンを買い、公園のベンチで日向ぼっこをしながら独りのんびり食べる……そうした暮らしのほうが性に合っている。充分おいしいし、罪悪感もない。
日本の友達に愚痴りたくても「贅沢な悩み」と笑われそうで怖かった。それに皆、三十をすぎてから妊娠、出産ラッシュ。忙しいだろうし、子供の話を聞かされるのも嫌だ。
啓介とセックスレスになって、もうずいぶんと経つ。友達の紹介で知り合い、「結婚はしたい」、「子供はいなくてもいい」、「お互いのプライベートは尊重しよう」という点で合致した。淡々とした似た者同士なのだ。
啓介はあまり感情を表に出すことがない。仕事の悩みや問題があっても、いちいち打ち明けてこないし、相談されることも少ない。私もできるだけ自分のことは自分で解決したいし、相手に余計な心配はさせたくないから、啓介のクールさを好もしく思っていた。
でもパリに来てから、啓介は変わった。些細なことでもピリピリするようになった。
いつまでも異国の職場に慣れないようで、とげついたため息が増えた。割と柔軟に誰とでもうまくやれる人だったのに、すぐに口答えするフランス人同僚に手を焼いているらしい。自宅に仕事を持ち帰り、土日でも難しい顔をしてパソコンと睨めっこしていることも珍しくなくなっている。
「葉子はせっかく仕事から解放されたんだから、もっと楽しめよ。良いご身分じゃないか、代わってほしいくらいだ」
初めてそんな嫌味を言われて喧嘩にもなった。
だから「同級生のパリ案内」というミッションができて、私は嬉しくて仕方なかったのだ。モノクロームなパリの暮らしに、光が差し込む予感がした。それに……
――武臣は今もきっと、カッコいいんだろうな。
実はかつて、武臣にほんのり恋心を抱いていたこともある。仲の良かったクラスメイトのグループの一人というだけで、個人的に特別親しくしたことなどなく、想いを伝えることはなかったけれど。
私は逸る気持ちのまま、レストラン探しに熱中した。武臣との再会に、始めから期待を寄せすぎていたのかもしれない。
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待ち合わせのブラッスリーに現れた武臣は、びっくりするほど昔のままでーー。
撮影・文/パリュスあや子
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