フランス在住の作家・パリュスあや子さんが描く、愛の国フランスに住む日本人の恋愛模様。駐在妻・葉子の場合はーー。

 
これまでのお話
ソフィの代わりにホテルの仕事を手伝った葉子。武臣との逢瀬の日が近づく。

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三年目のシャンパンフラッシュ(6)


「客室清掃って、思ってたよりずっと体力使うの。甘く見てた」
「そりゃお疲れさま」
「けどね、明日はお礼にって、ソフィがレストランでディナーをご馳走してくれるって言うんだ。少し遅くなっても大丈夫?」

元々ソフィをダシにして外出するつもりだったけれど、仕事を代わってあげたおかげで更に尤もらしい理由ができた。

啓介は、戦利品かつ記念品としてこっそり持ち帰ったシャワーキャップを見て、久々に声を上げて笑いながら「もちろん」と鷹揚に頷いてくれる。

「ゆっくり楽しんできなよ。こっちも明日、日本の本社から視察が来るから遅くなるし」
「あれ、そうだったの?」
「え、言ってなかったっけ?」

啓介に「ごめん」と謝られて、かぶりを振る。武臣のパリ出張が決まって以降、ずっとそわそわして上の空なことも多かったから、私が聞き逃していただけかもしれない。

「じゃあ夕飯の心配ないね、ちょうど良かった」
「毎日俺の夕飯の心配しなくたっていいよ。テイクアウトしても、Uber Eats頼んでもいいんだから。葉子はもっと楽しんだらいい」

私が明らかにホッとした顔をしたせいか、啓介は苦笑した。

「最近、谷村さんや他の奥さんたちとの外食、断ってるんだって? 気兼ねなく行ってこいよ、心配してくれてる」
「……もっとうまく付き合えってこと?」

私がピリッと眉をひそめると、啓介は肩をすくめた。

「パリもあと一年、長くて二年だろうから、やりたいことやっておけってこと」
「それなら大丈夫。好きにさせてもらってる……ありがとう」

笑顔を作ったつもりだったけれど、自然に笑えていただろうか。

 

あと一、二年――つまり武臣との逢瀬だって、あと二、三回が関の山。だから悔いが残らないよう、明日も好きにさせてもらう。

なにを着て行こう? 久しぶりにヒールを履いて、ばっちり化粧して、パリを闊歩するんだ……
私はまた心ここにあらずになって、啓介の話に適当に相槌を打っていた。

翌朝、いつものように啓介を会社に送り出すと、私はお風呂に入って念入りに身体のムダ毛を剃った。ある程度脱毛しているものの、やはり気になる部分はケアしておきたい。

全身にクリームを塗り込みながら、武臣の太い指が這う様を想像してゾクゾクする。官能と恐怖が代わる代わるやってくる。この不可解な興奮は、やっぱり背徳感からくるんだろうか。

世間を賑わす「不倫」というキーワードが、私は嫌いだった。それをする人も、それをとやかく言う人も、とにかく不快だった。それを巡る全てが醜い。

友達のなかには現在進行形で不倫中の人も、不倫されて苦しんだ人も、それで離婚した人もいる。

たぶん、世の中には私が考えている以上に「不倫」が溢れている。だから皆、興味があるに違いない。

私は不倫について、フランス的な考え方に近いと思う。「どうでもいい」。

でも実際は「知りたくない」という拒否反応が強かったのかもしれない。人間関係自体が淡白で、深く濃い愛憎劇なんて暑苦しくて迷惑。

だから「不倫」にハマることなんてないと信じて疑わなかった。

 
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