フランス在住の作家・パリュスあや子さんが描く、愛の国フランスに住む日本人の恋愛模様。駐在妻・葉子の場合はーー。
夜の待ち合わせの時間よりだいぶ早く武臣から電話がかかってくる。シャイヨー宮にいることがわかり、すっぴんのままジーンズにTシャツ、スニーカーで駆け出していく葉子。
三年目のシャンパンフラッシュ(7)
双翼の白く荘厳な建物、シャイヨー宮。その中央に前庭とテラスがある。階段を降りれば、緑と噴水の美しいトロカデロ庭園、そしてセーヌ川。イエナ橋を渡ればエッフェル塔だ。
テラスは小高く開けているため、何ひとつ遮るものなく目の前にエッフェル塔が見える。絶景のビュースポットでいつも観光客で混み合い、ウェディングドレス姿の写真撮影にぶつかることも度々だ。
でも早朝、朝日が昇るころに来れば人は少ない。清掃員が働く横で、モード誌の撮影をしているのに出くわしたことはあるけれど。
私は時々気が向くと、早起きしてこのテラスに来て、大きく深呼吸した。その瞬間だけは全てを忘れられる気がした。頭を空っぽにして、あぁ私は今パリに立っている、と思う。
パリと向かいあっている、と。
この眺めを、武臣が出張から帰国してすぐに送っていた。とても喜んでくれた。
「葉子!」
パリではスーツ姿の男性は珍しい。武臣は群衆に紛れることなく輝いていた。なんならエッフェル塔にも負けていないくらいに。
私はお風呂効果もあいまって汗だくで喘ぎながら、それでも走り寄った。武臣が両腕を広げてくれ、迷うことなくそこに飛び込む。
「ごめん、汗、シャツにつけちゃう」
我に返って身体を引こうとして、ますます強く抱きしめられた。
私も観念して目を閉じ、厚い胸に頬を寄せて腰に腕を回す。そのがっしりとした身体に微かな震えを感じて顔を上げると、武臣が笑いを堪えていた。
「さっきの葉子……小学生みたいな子が走って来たなぁと思ったら……」
「恥ずかしい、眉毛くらい描いてくればよかった」
私が慌てて手で顔を隠すと、その手をそっと摑まれ外された。
お互いの左手に結婚指輪が光っていて、ア、と思う。
「かわいいよ、すごく」
ささやきが額に落とされる。
私は馬鹿だ。武臣の言葉一つで、泣きたくなるほど嬉しい――
半年ぶりのキスは、以前にもまして、良かった。
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