フランス在住の作家・パリュスあや子さんが描く、愛の国フランスに住む日本人の恋愛模様。駐在妻・葉子の場合はーー。
クルーズ船に夫の啓介と女性を見かけた葉子。武臣とともにそのまま船に乗り込むが……。
三年目のシャンパンフラッシュ(8)
神殿みたいな現代美術館パレ・ド・トーキョーの周りをふらついて、ニューヨーク通りをセーヌ沿いに戻る。三十分も経てば、さすがに啓介はいなくなっているはずだ。
武臣の仕事の話や日本での出来事に笑顔で頷きつつ、私は啓介のことばかり考えていた。
船に乗り込んでも、しばらくはオープンデッキに上がる勇気が出なかった。屋根付きシートにお行儀よく座り、武臣の肩に頭をのせ、流れていく美しい景色をぼんやり見送る。武臣のことだから本当は外に出て思い切り風を受けたいだろうに、私の手をぎゅっと握り、黙って一緒に景色を眺めてくれた。
陽が落ちて、空の色は薄ピンクからグレーがかった紫へと変わっていく。
絢爛豪華なアレクサンドル三世橋、パリ現存最古の橋ポン・ヌフ……いくつもの橋をくぐり、ようやく私は立ちあがった。
「大丈夫?」
「うん、心配かけてごめん」
デッキに出ると、ちょうど船が旋回するところだった。セーヌ川を下流から上流、西から東に向けて遡ってきたが、今度は逆コースになる。
絶えず音声解説が流れていて、私たちも耳を傾ける。
「セーヌ右岸とサン・ルイ島を繋ぐマリー橋。この橋は別名『恋愛橋』とも呼ばれ、橋の下で誓いのキスをした二人は永遠の愛で結ばれるといわれます」
武臣と私は見つめあった。
武臣はゆったりとしたほほ笑みを浮かべていたが、私は切羽詰まった真顔をしていると思う。青ざめてすらいるかもしれない。
船でマリー橋をくぐる瞬間、私たちは今日二度目のキスをした。先ほどとは全然違う、ずいぶん苦いものに感じられた。それでも私はむさぼるように求めた。無性に怖くて仕方ない。武臣の首に絡みつく。
もしや啓介もマリー橋の下で、あの女性と「誓いのキス」をしたんだろうか……?
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