パラダイムシフトの今、「美の価値観」を刷新し続けてきた美容ジャーナリスト齋藤 薫さんが、注目したいある視点をピックアップします。

 

コロナ禍に入り、逆に少し心が落ち着いている人が少なくないのは、人との関わりを緩やかに絶たれたから。嫌いな相手でなくても、世の中は比較の社会。どうしたって周囲の人々と、比較したり比較されたり。この厄介な状況から自分を救い出せたからではないでしょうか?

 


嫉妬の感情なんていらない
 

嫉妬の感情など、なければいいのに……そう思ったことがきっとあるはず。相手に悪い印象など持っていないのに、何かの拍子に身近な人、親しい人に嫉妬心を覚えるような時、人は激しく落ち込みます。なぜこんな感情があるのかと。いや日頃あまり嫉妬深くない人ほど、苦しむのかもしれません。

ともかく困ったことに、仕事の場面でも、また友人関係でも、自分に近い相手にほど嫉妬を感じてしまう。遠い他人が何をしようと関心がないのに、近しい人間の成功などに、人間は非常に弱いのです。自分は何も失っていないのに、ボロボロになる。相手を嫌いでないのに、むやみに否定したくなる。その2つのネガティブに心が疲弊してしまうのです。何とも忌々しい感情!

ましてや、いくら避けようと思っても、不可抗力のように突然降りかかってくるのが嫉妬心。例えば、同僚や友人の成功や幸せを、喜ぼうとしてもどうしても喜べなかったりして、なぜ? ともがいて初めて、それが嫉妬のせいと気づくような。

嫌いな人の幸せならば別にどう思おうといいけれど、単に同年代だったり、部署や業務が同じだったり、中途半端に親しかったり、ともかく同じようなレベルの人間に対して、比較しやすい分だけ嫉妬が生まれやすいのは、どうにかならないものかと思っているはずなのです。

もちろん、嫉妬の感情から逃れる方法はこれまで山ほど提案されてきました。「人と自分を比較しないこと」「自分は自分、人は人と思うこと」「嫉妬は何も生まないし、いくら嫉妬しても何も改善されないのを知っておくこと」

日本人にはあまり向かないのかもしれないけれど、「自分はオンリーワンであるという自負と自信を意識して持つこと」。

ただどれも、実用的とは言い難いものでした。人と比較しなければ、嫉妬など生まれないこと、皆よく知っていて、でもそれができないからこそ困っているわけで。自分の中で生まれる嫉妬の感情が、自分自身とても醜いものだと思わずにいられない、基本的に真っ当な人たちだからこそ、厄介なのです。