年34日だけという変則的営業に対する不安と期待


百貨店での催事「英国フェア」への参加を経て、出店計画は実現に向けて着々と動いていました。そしてついに、井形さんは吉祥寺の商店街の近くにある老朽家屋をリフォームし、店舗付き住宅を造りますが、東日本大震災の発生で結局はふりだしに戻ってしまいます。それでも夢を諦めなかった井形さんは、ブログ「よろずやEveryman Everymanから」を開設したり、古いギャラリーを借りて一週間だけ実験店舗を開いてみたりと、再び歩き出すのでした。ところが、実験店舗を運営したことで現実の厳しさを突きつけられてしまいます。

「お客さんが喜んで買ってくれれば、一生分の運が転がり込んできたように自信がみなぎる。逆にけんもほろろが続くと、焦りが伝わるのか、入ってきたお客さんも『声をかけないで』のオーラを発し、あっという間に出ていってしまう。読者の方に『ファンなんです』と握手を求められた自分が、声をかけただけで避けられる現実。一日ギャラリーで立ち仕事をするうち足はむくみ、大した結果も出せないまま今日という日が終わるのではないかと、途方もない不安が押し寄せてきた。結局、何とか売り上げ目標には届いたものの、百貨店の集客力と知名度に支えられた英国フェアとは比べものにならない。夢と希望は吹っ飛んでしまい、現実を前にどうすべきか、立ち止まってしまった」

それでも井形さんは、毎年2回は実験店舗をオープンさせ、商いに関する知見を広めていきます。そのかたわら、月刊から隔月刊にしたり会社を縮小したりと生業である英国情報誌の仕事を整理していきました。社長職も退いて出店計画を進めていった彼女は、会社に所属し、編集と著述業をこなしながら新事業を立ち上げる「社内独立」というかたちで洋品店「吉祥寺よろず屋The Village Store」(通称「よろず屋」)をオープンさせます。しかし、編集・著述業との掛け持ちを考えると、開店できるのは年に34日しかないことが判明しました。

独学で夢だったお店をオープンしてみたら...?50代からのセカンドライフ「理想と現実」_img1
内装工事中のよろず屋。花屋だったテナントを、ムダを極力省いて70万円の予算内で改装
独学で夢だったお店をオープンしてみたら...?50代からのセカンドライフ「理想と現実」_img2
ブルズアイ(bullseye)と呼ばれる丸い渦巻きガラスがはめ込まれた店のドアは、ネットで見つけ、約4万円で購入したアンティーク

「採算を合わせていくのも大変だろうし、下手すれば家賃のために働くようなものかもしれない。けれど究極的には収支が合えばいいことだ。いくつかの仕事をしながらやりたいことを始めようとすれば、変則的にやる以外ない。体力的にももう、無理はしたくないし、極細ペンで過密なスケジュールを手帳に書き込み続けた、あの日々とは手を切ったのだ。楽しんで働けるよう、ここはマイペースでいこうと腹をくくった。大切なのは、この限られた営業時間で、いかにお客さんの心をつかむ商品を展示するか、買ってもらえる工夫ができるかだ」

 

変則的にやる以外ない──そう腹をくくって本格的な店舗運営に身を乗り出した井形さんは、商いを楽しむためのコツをこのように考えていました。

「①適量働くこと ②売り上げ目標を背負い込まないこと ③サポートに徹すること ④クリエイティブ中心──この4つを大切に店員として立ち働く方が、気持ち的にも自分を楽にできる。支出は年単位で考えよう。まずは年始から3月までの3回の店開きで、最大経費の家賃1年分を捻出し、その後は少しずつプラスに転じるよう頑張ればいい」