『宇宙兄弟』『働きマン』などの大ヒット漫画を編集者として手がけ、日本初の作家エージェントを立ち上げたコルク代表取締役の佐渡島庸平さん。2年の月日をかけ最新刊『観察力の鍛え方』を上梓しました。
一方、SNSでの発信力を駆使し、ノマドワーカーのパイオニアとして注目を集めてきた作家・コメンテーターの安藤美冬さんは、最新刊『つながらない練習』ではSNS断ちを綴って話題になっています。編集者として世の中を「観察」して多くのコンテンツを生み出してきた二人が考える「観察力の鍛え方」とは?

 


漫画家たちに「観察力がない」「解像度が低い」とよく言っていた


安藤美冬さん(以下、安藤):今回どうして観察力の本を書こうと思ったのでしょうか。

佐渡島庸平さん(以下、佐渡島):モーニング編集部にいたときは、漫画家の人たちに「観察力がないな」「解像度が低い」とよく言っていたんです。「週刊モーニング」は人気漫画雑誌なので、自然と作家が集まってきます。限られた枠を作家が取り合う中で、担当する作家には観察力を高めるようアドバイスをするだけで済んでいた。

でも、今僕が社長をしているコルクは弱小なんです。僕が漫画家だったら、絶対「週刊少年ジャンプ」に行きますよ(笑)。それが当然だと思うのですが、コルクや僕の考え方に興味を持ってくれた人と、世界を驚かすような作品を作らないといけない。

 

そういう状況なので、作家の人たちに「観察力上げなよ」「解像度高めなよ」とだけ言い放っても漫画家が育たない。どうやったら観察力が上がるのか、解像度が高いとはどういう状態なのかを丁寧に説明して、再現できるようにしないといけないと思いました。

ところが僕自身も、観察力の高い人と低い人は見極められても、どうやったら高くなるのかまではわかっていなかった。本を書くために自分で調べて言語化すれば、再現性のある状態になるかなと思って、必要に迫られて本を書きました。


仮説を立ててから観察するとズレを楽しめる


安藤:「観察力は、仮説を立てることから始める」と本にありました。映画を見るときの佐渡島さんの見方が印象的でした。予告編とあらすじを事前に見て、「この話は主人公がこういう冒険をして、こういう結論にいくストーリーだ」と自分なりの仮説を立ててから観ている。すると仮説と作品のギャップが生まれて、ズレを楽しめると。

佐渡島:仮説を持ちながら物事を見て、仮説と対象のズレを探しながら観察する。間違ってるだろうなと思いながら仮説を立てて対象を見ると、良い観察が始まると思います。物事を見るときに、僕らはそもそもバイアスを通して見ています。バイアスは観察を邪魔するんです。

仮説を立てずに物事を見ると、見ているものをすぐ「正しい、わかった」と思ってしまう。「いや正しくないよ!」と、あえて仮説を立ててから物事を見ると、間違いを正そうと思いながら見るからより現実を見られる。

安藤:観察を阻むものとして本書であげられているひとつが「バイアス」ですね。私たちは自分の思い込みや積み重ねてきた体験から世界を見ているなあと実感します。

佐渡島:ほとんどの人が、物の見方にバイアスがあります。常識や偏見といった、自分が持つ思い込みに気づいて外していくと、新しい認知ができて観察力が高まっていく。

創作をする人は、何らかの思い込みの強さが魅力の一つでもあるんです。例えば作家の思い込みの強さゆえに現れた世界観が魅力で、新人賞につながることは多い。でも、職業として作家を続けようと思うと、そのバイアスを外していかないと作品を生み出し続けるのは難しい。


給料日に不機嫌になるのをやめたかった


安藤:体と感情が観察を阻むともありました。佐渡島さんが体と心を丁寧に観察するようになったきっかけがあったのでしょうか。

佐渡島:経営者として、給料日になると「みんながしっかり働いてくれているのか、給与に見合った働きをしているのか」といった考えが出てきたんです。本来ならば自分のビジョンに共感してくれて、働いてくれてありがとうと感謝したい日なのにケチな話で。

給料日でも機嫌よくいたい。それで心拍数などデータを見ながら、酒を飲むのやめてみようか、睡眠をよくとってみようかとか、仮説を立てながら体と感情の関係を考えるようになりました。女性のほうがもしかしたら、自分の体や感情に対して敏感かもしれない。毎月の生理のたびに、自分の感情や考え方が変わることを体感しているのかなと思います。

毎日心拍数を測り自分の体を見ていると、体調の良い悪いが同じ周期で繰り返していると気づいたんです。男性の体調にも女性と同じくリズムがあって、体調が悪いときに機嫌が悪くなっているんじゃないか。機嫌が悪いのを周りの人や環境のせいだと怒っていたのかと。

安藤:自分の体を観察することでバイオリズムに気づきやすくなったのですね。私もSNS から3年間離れている間、瞑想したりヨガしたり自分の内側をずっと見つめていて、一番考えたのが感情についてでした。この世界を作っているのは、自分の物の見方なのかなと。

本の中でもアランの『幸福論』から「悲観主義は気分だが、楽観主義は意志である」という言葉を引用されていますが、私もポジティブな感情をキープするのは意志が必要で、感情はコントロールできるんだというところに行き着きました。

佐渡島:他人に対して攻撃的だったり不満を持ったりしたときに、他人に問題があるんじゃなくて、自分の今の体調と考え方に問題があるんじゃないかと思う。『嫌われる勇気』や『幸せになる勇気』でアドラーが言っていることですね。

他人は全員仲間で、自分を助けようとしている。ただ、やり方が僕が望むのと違う考え方をしているだけ。そう考えると、他人が自分を助けようとしていると思えないのは、自分の状態が良くないからだと気づけます。

安藤:体のコンディションを整えていくことが観察力を上げていくことになるというのは、すごく面白い話ですね。この本を2年かけて書いたとありましたが、佐渡島さんにも変化があったのかなと読みながら感じました。

佐渡島:観察のことを考え続け、自分の日常も変わりました。普段の生活で、まず休日の過ごし方を決める。楽しんで、気持ちがリラックスしてから仕事をする。1日の過ごし方も「良い睡眠があると、日中を充実させられるのでは」と仮説を立てて、睡眠時間をどう確保するのかを考えています。仕事が終わってから寝る、じゃなくて「寝てから仕事を始める」と逆にしました。

 
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