「沼」と聞くとどんなことをイメージしますか? 「推しが好きすぎて沼にはまる」など、好きな人・モノ・ジャンルにお金と時間を費やす、「オタク用語」のイメージが一般的ですよね。でも、抜け出そうにも抜け出せない、そんな状況だって広い意味では「沼」と言えるのかもしれません。インタビューエッセイ集『沼で溺れてみたけれど』では、「人生において、自分の激情やしがらみ、推しへの執着に絡めとられ、“普通の幸せ”からはずれて生きている人たち」を、あえて「沼に溺れる」と表現します。著者は、女性たちの推し活やオタ活を長年追いかけてきた、女性4人組ユニット「劇団雌猫」のひらりささん。
ひらりささんが今回耳を傾けたのは、ママ活、不倫、スピリチュアルなど、「沼に溺れて」もただただ人生を歩み続ける、どこにでも存在するであろう女性たちでした。『FRaU web』の連載で大きな反響を呼び、このたび待望の単行本化となった本書から、今回は「社会のしがらみ」の沼に溺れかけた新卒女性のエピソードをご紹介します。
ある日、ひらりささんの元に届いた一通のDM。内容は「新卒で入った会社から不当に解雇されたが、自分で訴訟し、慰謝料を得た話を聞いて欲しい」というものでした。送り主は24歳のノリエさん(仮名)。不当解雇、訴訟、慰謝料と何やら不穏な文字が並びますが、一体なぜ、新卒の女性がたったひとりで訴訟を起こすに至ったのでしょうか? ひらりささんは早速、ノリエさんに話を聞くことにします。
「フレックス利用事件」を境に状況が一変
ノリエさんが新卒で入社したのは、インターネット広告の代理店Z。職場の印象も、20人ほどいる社員たちの感じもよく、仕事の内容も魅力的。ノリエさんを採用した50代社長との関係も良好だったと言います。しかし入社から半年、ある出来事がきっかけで人間関係の歯車が狂い始めることに。
「その日は、定時より1、2時間早く上がりたいと思ったんです。体調を崩してしまったので、帰りに病院に寄りたいと思ったんですよね。契約書にもフレックスタイムと記載されていました。でも、社長に声をかけたら、激怒されてしまいまして……」
「試用期間なのにフレックスを利用するのはありえない!」というのが社長の主張だった。
「病院に行きたいなら昼の休憩のうちに近くの病院に行くべきだった、本当にありえない、と罵倒されました。かなりショックでしたね。みんなの面前でしたし……。結局『もういいよ、行きなよ』と突き放されて、早上がりしたのですが、そこから目をつけられるようになってしまいました」
ここから、ノリエさんの立場は大きく変化する。
「人と仲良くしていく気がない」「君に合う人はこの世界にほとんどいない」「人間関係をうまくやっていけない人ならどこでもやっていけない」……フレックス利用事件以降、社長はノリエさんの人間性への叱責を、毎日のように繰り返すようになったのだ。もともとはノリエさんのさっぱりした性格を評価していたのに、だ。
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