小説現代長編新人賞を受賞しデビュー、“依存”を描いた最新刊『燃える息』も注目を集めるフランス在住の作家・パリュスあや子さん。ミモレ書き下ろし連載小説の第2弾がスタート! パリに移り住み、フランス人の彼と事実婚を選んだ
パリ北東部の十九区に暮らす
「ベルヴィル・トーフ」(3)
私はといえば嫁姑(では正式にはないけれど)問題で悩んだこともないし、カンタン一家との関係は悪くはないはずだと信じている。だけどできることなら、もっとうまくやりたい。
パスカルは一家のなかでゆったりくつろぎながら、一歩引いた視線で気を配り、エスプリたっぷりの冗談で場を盛り上げる高等技術を持ち合わせている。とても自然に家族に馴染んでいて羨ましい。
ぽつんとなりがちな私にはさりげなく話しかけ、笑顔まで向けてくれる。疎外感を抱きがちな私にとって、パスカルはそこにいてくれるだけで心強い存在だった。
柔らかな声、上品な身のこなし。鮮やかな栗毛、そばかす、鳶色の瞳。豊かな胸、腰。
――なんて美しい
密かに見惚れてしまうことも度々だった。
「パスカルって女性だったの⁉」
初めてマルゴが「恋人を連れてくる」と我が家のアパルトマンに遊びに来たとき、私はビックリしてしまった。
「あれ、話してなかったっけ?」
カンタンも私と同じくらい驚いたようだった。
「マルゴはレズビアンなんだよ。僕にはそれが普通すぎて忘れてたっていうか……ごめんね?」
途端に不安そうな顔になるカンタンがおかしくて、首を振る。
「全然。ただ『パスカル』って名前、『パンセ』から連想して、男性だと信じ込んでたから」
「あぁ、哲学者のブレーズ・パスカルね。あの『パスカル』は名字だけど」
私は自分の二重三重の思い込みに笑ってしまった。
「マルゴのパスカル、すごく素敵な人だね」
本心から言った。
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