フランス在住の作家・パリュスあや子さんによる、ミモレ書き下ろし連載小説の第2弾。パリに移り住み、フランス人の彼と事実婚を選んだ祐希ゆき。コロナ禍のパリと東京の間で露呈する家族観の違いとはーー。

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あらすじ
パリ北東部の十九区に暮らす祐希ゆきと、フランス人のカンタン。二人は国際結婚ではなく、「事実婚」=「PACS」を選択したカップル。夫の家族の仲良しぶりに辟易としながらも、将来への不安と心許なさは拭えない。コロナ禍で帰国がままならないなか、大好きな祖母の体調が悪いと知らせが届き――。
 


「ベルヴィル・トーフ」(4)

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日曜だというのに、朝からカンタン母の電話でたたき起こされた。なにかと思えば「家のネットが突然繋がらなくなった」。

お人好しのカンタンは顔も洗わずオンライン通話に切り替え、問題解決に乗り出した。私は苦々しい気持ちでカフェオレを入れ、カンタンにも持っていく。

「ボンジュー祐希、サヴァ(元気)?」

画面越しにカンタン母に屈託のない笑顔で声をかけられると、こちらも反射的に笑みを浮かべ明るく返していた。

「ウィ、サヴァ! エトワ(そっちは)?」

カンタン母は週に最低二回は電話をかけてくる。なにをそんなに盛り上がれるのか首を傾げるほど、母子通話はいつも楽し気だ。仲良しなのは良いけれど、それが食事時だったりすると眉をひそめたくもなるというもの。

私は着替えて朝食の準備も整え、カンタンに無言のプレッシャーをかけた。時折聞き耳を立ててみても、マルゴの話題が出ることはなく、どうやら今回の大騒動はまだ母の耳には入っていないようだった。

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昼食前になって、カンタンの電話が鳴った。「また母か?」と警戒したらパスカルで、別の緊張が走る。

何を話しているのかと気になってカンタンの周りをうろついていると、なにか予感があるのかコネコもやってきた。コネコは私たちのベッドが気に入ったらしく、夜は当たり前のように寝にやって来て鼾をかく。悪夢にうなされて目覚めたら、お腹のうえにデンと乗られていたこともあった。

「コネコは家で預かってて、マルゴは今夜戻ってくるって言ったら、迎えに来るってさ」

カンタンがしゃがみこんでコネコを撫でてやると、コネコは「あ、そう」という感じでまた寝室に行ってしまった。そこまで深刻な状況ではなさそうで、私も胸をなでおろす。

「パスカル、マルゴのこと何か言ってた?」
「いや、私が言い過ぎたって落ち込んでたよ」
「子供のことは……?」
「何も。ただ、急な話だったから混乱して感情的になってしまったって」

パスカルらしい大人の返事だなと頷くと、カンタンも笑った。

「パスカルらしいよね。なんだかんだ言って、二人は別れないと思うよ。マルゴが素直になれさえすれば、ね」

今度は私の頭を撫でてくれ、なんだかコネコと同類になった気分だった。

「おぉモンプチ、かわいい子」

パスカルがやってくると同時に、コネコは玄関まで駆けてきた。抱き上げられ、キスの嵐を受けてとろけるような顔をする。私には見せたことのない無防備な表情に、かわいげのない猫がいじらしくなってしまう。

「迷惑かけてごめんね」

コネコを下ろすと、パスカルは憔悴したほほ笑みを浮かべた。元々彫りが深いのに、寝ていないのか目が落ちくぼんだようにやつれて底光りし、迫力がある。

「どうぞ座って。マルゴももうすぐ帰ると思う」

もう二十時をすぎていた。二十一時までには帰ってくるはずだけど、外出制限なんてもはやあってないようなものになっている。

「なにか飲む? お酒、それともハーブティーとか?」
「お気遣いありがとう、でもお構いなく。これは二人で飲んでね」

手土産に赤ワインをもらってしまい、パスカルはこんな時でも気遣いを忘れないことに切なくなる。でもこれほど疲れた顔をして、切羽詰まった空気をまとうパスカルは初めてだ。