フランス在住の作家・パリュスあや子さんによる、ミモレ書き下ろし連載小説の第2弾。パリに移り住み、フランス人の彼と事実婚を選んだ祐希ゆき。コロナ禍のパリと東京の間で露呈する家族観の違いとはーー。

深夜の大喧嘩。子供が嫌いなわけじゃないのに_img0
 
あらすじ
パリ北東部の十九区に暮らす祐希ゆきと、フランス人のカンタン。二人は国際結婚ではなく、「事実婚」=「PACS」を選択したカップル。夫の家族の仲良しぶりに辟易としながらも、将来への不安と心許なさは拭えない。コロナ禍で帰国がままならないなか、大好きな祖母の体調が悪いと知らせが届き――。
 


「ベルヴィル・トーフ」(5)

深夜の大喧嘩。子供が嫌いなわけじゃないのに_img1
 

――子供と向き合うのが怖い。

パスカルの言葉が、私の心の内を出し抜けにくっきりと照らした。鼓動が速まる。

「でもマルゴ、あなたは愛情深い。全力で人と向き合える。ぶつかるパワーがある。たとえ世間のいう『理想的な母』ではなくても、あなたはきっと立派なお母さんになれるわ」

本当は、パスカルがマルゴに惹かれる理由もよくわかっている。

私はどこかでマルゴを馬鹿にしながら、羨んでいた。自分にないものを全て持っているのが、悔しかった。

「子供のいる未来なんて想像したこともなかった。でもこの数日、真剣に考えてみたの。養子縁組について――」

私もカンタンも、息をするのも忘れてパスカルの言葉の続きに集中した。マルゴの押し殺した息遣いまで感じられるような気がした。

「それってもしかしたら、最良の形じゃないかしら。血の繋がらない家族。他人だからこそ、わかりあえるはずっていう呪いから解放されて、お互いを尊重できる気がするの」

しばらくトイレの前にたたずんでいたパスカルは、扉の向こうで無言を貫くマルゴにささやいた。

「今日はもう帰るわ。飲みすぎないでね」

くるりと私たちに向き直ると、「悪いわね」と帰っていった。サッパリしたような、寂し気な笑顔で。

「トイレ使いたいんだけど……」

マルゴが閉じこもって一時間、もう限界で声をかけた。

むすっと黙りこくったまま、マルゴは真っ赤なしかめ面で出てきた。独りひっそり泣いていたんだろうか……

今度はリビングに居座り、自分で買ってきたビールを呷り始めた。声をかければ崩れてしまいそうな危うさに、あえてそっとしておくことにする。