フランス在住の作家・パリュスあや子さんによる、ミモレ書き下ろし連載小説の第2弾。パリに移り住み、フランス人の彼と事実婚を選んだ
パリ北東部の十九区に暮らす
「ベルヴィル・トーフ」(5)
――子供と向き合うのが怖い。
パスカルの言葉が、私の心の内を出し抜けにくっきりと照らした。鼓動が速まる。
「でもマルゴ、あなたは愛情深い。全力で人と向き合える。ぶつかるパワーがある。たとえ世間のいう『理想的な母』ではなくても、あなたはきっと立派なお母さんになれるわ」
本当は、パスカルがマルゴに惹かれる理由もよくわかっている。
私はどこかでマルゴを馬鹿にしながら、羨んでいた。自分にないものを全て持っているのが、悔しかった。
「子供のいる未来なんて想像したこともなかった。でもこの数日、真剣に考えてみたの。養子縁組について――」
私もカンタンも、息をするのも忘れてパスカルの言葉の続きに集中した。マルゴの押し殺した息遣いまで感じられるような気がした。
「それってもしかしたら、最良の形じゃないかしら。血の繋がらない家族。他人だからこそ、わかりあえるはずっていう呪いから解放されて、お互いを尊重できる気がするの」
しばらくトイレの前にたたずんでいたパスカルは、扉の向こうで無言を貫くマルゴにささやいた。
「今日はもう帰るわ。飲みすぎないでね」
くるりと私たちに向き直ると、「悪いわね」と帰っていった。サッパリしたような、寂し気な笑顔で。
「トイレ使いたいんだけど……」
マルゴが閉じこもって一時間、もう限界で声をかけた。
むすっと黙りこくったまま、マルゴは真っ赤なしかめ面で出てきた。独りひっそり泣いていたんだろうか……
今度はリビングに居座り、自分で買ってきたビールを呷り始めた。声をかければ崩れてしまいそうな危うさに、あえてそっとしておくことにする。
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