「良い物件があったんだって? 部屋数の問題さえなければ」
わざとなのか鈍感なのか、カンタンはケロッとした顔で切り込むから冷や冷やする。
「そう、二人とも気に入って。でももう一部屋と考えるなら、いま候補にしてる地区じゃ予算オーバー。パリは高いから郊外に住むっていう手もあるし、ちゃんと話し合わなきゃ」
パスカルはマルゴの主張を飲むつもりらしい。ホッとしつつ、子供のことまで深追いする勇気がなくて当たり障りのない質問をした。
「マルゴは『パリはもう嫌だ、田舎に引越そうかな』なんて口走ってたけど、遠くには行かないよね?」
「もちろん。在宅勤務が増えたとはいっても会社はパリにあるし、マルゴの性格、知ってるでしょ。一、二日は田舎暮らしを楽しんで大はしゃぎしても、一週間で飽きちゃうわよ。それにやっぱり、ホモセクシュアルにはパリのほうが住みやすいから。少なくとも実家のある田舎は、たぶんヘテロにはわからない息苦しさがあるわね。日本だってそうじゃない?」
「え、日本?」
予想外の切り返しに動揺した。
「やっぱり都会のほうが、マイノリティの人は暮らしやすいんじゃない?」
「そう、かな」
「祐希の友達に、レズビアンやゲイの友達はいる?」
「いない……けど、本当は知らないだけかも」
私は口ごもってしまう。
パリに来てから、少なくない確率でLGBTQの人と知り合った。漠然と「フランスには多いのかな」なんて深く考えていなかったけれど、本当にそうなのだろうか。
パスカルの言う通り「周りの皆と違う」と悩みを抱えている人が、保守的な田舎より多様性のある都会に引き寄せられるのは自然なことかもしれない。それならなぜ、東京に住んでいて全く出会わなかったのか……
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