都会のほうがマイノリティには暮らしやすい?_img4
 

そのとき玄関のベルが鳴り、私とカンタンは顔を見合わせた。慌てて中腰になった私を引き留め、カンタンがマルゴを迎えに行く。

「あぁモンプチ! ママが帰ったわよ!」

上機嫌なマルゴの声が響き渡り、私はこの後の嵐を思って固唾を飲んだ。

パスカルは心なしか青ざめているものの、落ち着き払っている。

 

「ビール買ってきたの。飲み足りないから皆で――」

リビングに足を踏み入れた瞬間、マルゴは凍りついた。

ソファに座っているパスカルはマルゴを真っすぐに見上げ、非難も怒りも一切なく、静かに呼びかけた。

「マルゴ、帰りましょ」

マルゴの顔からみるみる血の気が引き、パスカル以上に真っ白になる。

「どこに? もう一緒に暮らす未来なんてありえないでしょ」
「ひどいこと言っちゃったわ。ごめんなさい、許して」
「本音のくせに! さっさと一人で帰んなさいよッ!」

マルゴは逃げ出すみたいに踵を返し、トイレに立てこもった。

「子供みたいな真似するなよ」

さすがのカンタンも呆れ声を出すと、

「そうよ、どうせ子供よ! こんな子供に子育てなんて無理に決まってる!」

完璧にへそを曲げたマルゴも、金切り声で応戦してくる。

私はこんな激しい喧嘩に立ち会ったのは初めてで、おろおろするばかりだった。

「マルゴ、聞いて。母親に向いてないって、本当は私のことなの」

パスカルはトイレの前に立つと、鍵のかけられた扉に触れ、噛みしめるように言った。

「私は母に愛された覚えがないし、私が母の立場でも私を愛せるかわからない。だから、子供と向き合うのが怖い……」


パリの街角のリアル
▼右にスワイプしてください▼

NEXT:11月14日(水)更新予定(毎週水・日公開です)

ベッドに入り携帯に手を伸ばすと、日本の母からメールが届いていてーー。

都会のほうがマイノリティには暮らしやすい?_img5

<新刊紹介>
『燃える息』

パリュスあや子 ¥1705(税込)

彼は私を、彼女は僕を、止められないーー

傾き続ける世界で、必死に立っている。
なにかに依存するのは、生きている証だ。
――中江有里(女優・作家)

依存しているのか、依存させられているのか。
彼、彼女らは、明日の私たちかもしれない。
――三宅香帆(書評家)

現代人の約七割が、依存症!? 
盗り続けてしまう人、刺激臭が癖になる人、運動せずにはいられない人、鏡をよく見る人、緊張すると掻いてしまう人、スマホを手放せない人ーー抜けられない、やめられない。
人間の衝動を描いた新感覚の六篇。小説現代長編新人賞受賞後第一作!


撮影・文/パリュスあや子


第1回「「仲が良すぎる」夫の家族」>>
第2回「​トーフに好きなだけケチャップとマスタードを」>>
第3回「夫の姉のカノジョ」>>