フランス在住の作家・パリュスあや子さんによる、ミモレ書き下ろし連載小説の第2弾。パリに移り住み、フランス人の彼と事実婚を選んだ祐希ゆき。コロナ禍のパリと東京の間で露呈する家族観の違いとはーー。

 
あらすじ
パリ北東部の十九区に暮らす祐希ゆきと、フランス人のカンタン。二人は国際結婚ではなく、「事実婚」=「PACS」を選択したカップル。夫の家族の仲良しぶりに辟易としながらも、将来への不安と心許なさは拭えない。コロナ禍で帰国がままならないなか、大好きな祖母の体調が悪いと知らせが届き――。
 


「ベルヴィル・トーフ」(6)

 

「プラス・デ・フェット(お祭り広場)に行こうよ。昨日、友達の家で『パリ、ジュテーム』って映画を観てね。パリの二十区を舞台にした全十八話の短編集だったんだけど、十九区はあそこが出てきたの」

家の前の通りは人気がなかったのに、プラス・デ・フェットには黒人の若者グループがたむろしていた。酔っ払いのアジア人と白人の女性二人組に奇異な視線を投げかけてくる。

暗いなか、白目だけが光り浮かび上がっているようで、私は一気に酔いが醒めた。外出禁止の時間にこうして集まっているのは、あまり褒められたことじゃないだろう。自分含め。

「やっぱり帰ろう」

びくついてマルゴを突いても、マルゴはどこ吹く風できょろきょろしながら進んでいく。

「いいじゃない、もうちょっとだけ」

くぐもった男たちの声が背中越しに聞こえ、鋭い目が自分たちの様子を窺っている気がして冷や汗が噴き出る。

気にしないのが一番! 精一杯なんともないふりをしてマルゴの腕を取る。ほとんどしがみついて歩きながら、心臓がバクバク打って、顔が強張るのを感じた。

 

マルゴは広場中央に立つと、不満そうに口を尖らせた。

「三角タワーみたいのがない」
「あぁ、あのオブジェ。一昨年、広場の緑化工事でなくなったんだ」
「なんだぁつまんない! あれがね、映画だと地下に繋がってんの」

マルゴは両手を広げ、以前建っていた三角タワーを虚空に描いてみせた。

「どんな話だったの?」
「黒人男性が刺されて、ここで死ぬ話」
「……そうなんだ。もう帰ろうよ、ね?」

 私たちは身を寄せ合って元来た道を戻った。

男たちから見えない距離まで来てホッとした瞬間、マルゴが猛然とダッシュを始め、私も死にもの狂いでアパートまで走った。

エントランスに入るとマルゴが笑い出し、私もなぜか笑いが止まらなくなる。近所迷惑も甚だしい。

十五分にも満たない度胸試し。もう絶対しないと誓う。カンタンが知ったら激怒するだろうから、黙っておこう。

――おばあちゃんも、呆れるに決まってる。

マルゴとどつきあいながら、泣き笑いした。