小説現代長編新人賞を受賞しデビュー、“依存”を描いた最新刊『燃える息』も注目を集めるフランス在住の作家・パリュスあや子さん。ミモレ書き下ろし連載小説の第2弾がスタート! パリに移り住み、フランス人の彼と事実婚を選んだ祐希ゆき。コロナ禍のパリと東京の間で露呈する家族観の違いとはーー。

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あらすじ
パリ北東部の十九区に暮らす祐希ゆきと、フランス人のカンタン。二人は国際結婚ではなく、「事実婚」=「PACS」を選択したカップル。夫の家族の仲良しぶりに辟易としながらも、将来への不安と心許なさは拭えない。コロナ禍で帰国がままならないなか、大好きな祖母の体調が悪いと知らせが届き――。
 


「ベルヴィル・トーフ」(7)


――私が死んだらどうなるんだろう。

愕然とする。今まで考えたこともなかった。事実婚でもカンタンと同じお墓に入れるんだろうか……。

「死んだらその時はその時さ。僕のことは、祐希の好きなようにしていいよ」

なのに、カンタンときたらいとも簡単に言ってのける。なんでこう楽天的でいられるんだろう?

「……ずるいなぁ」
「ん、何?」
「そうだねって言ったの」

カンタンの柔和なほほ笑みは、いつでも「まぁいっか」と思わせてくれる。

昔からずっと、周囲に負けないよう、弱みを見せないよう、肩肘を張って生きてきた。だけどカンタンといるときだけは、強がらないですむ。仮面を外して、本当の自分自身でいられる。

「家族の形は様々なんだから、祐希が幸せなのが、一番大切だよ」

祖母の優しい声が、ふと蘇った。

どちらからともなく手を繋ぎ合い、知らない人々のお墓を巡り、それぞれの人生を想った。

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朝五時頃、自然と目覚めた。

――今、おばあちゃんの出棺が行われ、火葬されようとしてる……。

寝ているカンタンを起こさないようベッドから抜け出す。リビングにはマルゴが寝ているので、台所からぼんやり空を眺めた。

母からお通夜の写真は送ってもらっていたけれど、納棺された祖母の写真はなかった。なんとなく撮りにくいのだろう。私自身、見たいような見たくないような複雑な気持ちで、頼みはしなかった。

――顔を見ることもなく、言葉も交わせないまま、本当に旅立ってしまうんだ……。

祖母からの最後となったメールを、改めて読み返す。

<私は大丈夫です。祐希もそちらのご家族と仲良く元気でやりなさい。>

「リビングのほうが、眺めがいいんじゃない」

声をかけられて振り向けば、マルゴがドアにもたれて立っていた。


「特製ホットショコラ。トーフほどヘルシーじゃないけど、元気出るわよ」

私がリビングの小さなバルコンから身を乗り出して外を眺めていると、マルゴがたっぷりのチョコと生クリームを溶かし入れたカップを持ってきた。甘い液体が胃の腑に落ち、ポッと身体と心を温める。

いつも機関銃のように話すマルゴが、何も言わない。黙って隣に立ち、明るんできた空を眺めながら共にホットショコラをすする。

「いつかパリに行ってみたいわ」

フランスの写真を見せると、祖母は目を細めて言っていたものだ。でも結局、一緒に歩くことは叶わなかった。美しくて汚く、優雅で危険な、パリを。

――灰になって、私の第二の故郷となったこの街まで遊びに来てくれるかな。

涙が溢れたけれど、不思議と満たされた気持ちだった。

マルゴが肩を抱いてくれた。私は人の体温の優しさを感じながら、光が差してくる世界を見つめていた。

 
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