「ほうれん草とフェタチーズとトーフのキッシュ。どう?」
昨日に引き続き、マルゴがランチを作ってくれた。どうやらトーフに凝り始めたらしい。
「ん、おいしい」
ちょっと塩辛いけど、これはイケる。
「レシピ教えてもらおうかな」
「おいしいわよね⁉ 意外と簡単だったの、是非作ってみて!」
マルゴも大喜びで自画自賛している。が、急にフォークを置いて深々とため息を吐いた。
「――あぁもぉおお! やんなっちゃうッ」
今度は何事かと、私とカンタンはギクリとする。
「なんでこういうとき、パスカルが浮かんじゃうんだろ。彼女にも食べさせたい。祐希に褒められたトーフ料理だぞって自慢したい。おいしいって喜んでもらいたい!」
むくれたように頬を膨らませてキッシュを睨むマルゴが、なんとも愛おしくなった。
「よくわかるよ」
嬉しいことがあれば真っ先に知らせたい。喜びを分かち合いたい。だからその人のそばにいたい――私が今、カンタンの横にいるのは、つまりそういうことだから。
横目で窺うと、張本人がさも嬉しそうにニコニコ笑顔を向けてくるのでバツが悪い。
「今夜、帰る」
マルゴが観念したように宣言した。
「別れるにしろ、続けるにしろ、とにかくパスカルと話さなきゃ」
「冷静にね」
「わかってるわよッ!」
姉弟のいつもの掛け合いが始まり、途端にテーブルが賑やかになる。私はいつものように含み笑いでオーディエンスにまわった。
「じゃあねコネコ」
感慨深く、精一杯の想いを込めて撫でてやる。でも巨大猫ときたら全く寂し気な素振りもなく、私の手からするりと逃げた。一週間を共に過ごし、ベッドだって貸してやったのに。
「ありがとう、ばか女」
「こちらこそ、あばずれ」
カンタンが凍りついたのがわかったけれど、私とマルゴはきつく抱き合った。思わず泣きそうになってしまい、ごまかすのに苦労する。
コネコ同様、マルゴは振り向きもせずさばさばと帰っていった。
「嵐が去ったって感じだね」
私がふぅと息を漏らすと、カンタンは眉尻を八の字に下げて情けない顔になる。
「いろいろ迷惑かけてごめんね」
「いいよ別に。だって私たち――」
言いかけて、気恥ずかしくなり口をつぐむ。
「でも疲れたでしょ」
「そりゃね! カンタンもでしょ?」
「もう最高に疲れたよ……今夜は何もしたくない」
二人でどっかりソファに腰を下ろすと、コネコのグレーの毛がふわふわと舞い、フンと鼻息で吹き飛ばす。立ちあがるのも億劫。でも嫌な倦怠感じゃない。
カンタンの腕に抱かれ、胸に顔をうずめた。私よりゆっくりと打つ心音に耳をすませると、気持ちが安らいでいく。
世界中のどこにいようが、ここが私の一番落ち着く場所。
「検査、受けてみようか」
「なんの?」
「自然に子供ができるのか、できないのか」
それがわかってから、改めて子供を産みたいのか、育てたいのか、考えても良い気がした。
カンタンが私の顔を覗きこむ。珍しく真剣な眼で、まっすぐ問いかけてくる。私がにっこりすると、カンタンもにっこりして、もっと強く抱き寄せられた。
――おばあちゃん、心配しないで。私は幸せだよ。
<新刊紹介>
『燃える息』
パリュスあや子 ¥1705(税込)
彼は私を、彼女は僕を、止められないーー
傾き続ける世界で、必死に立っている。
なにかに依存するのは、生きている証だ。
――中江有里(女優・作家)
依存しているのか、依存させられているのか。
彼、彼女らは、明日の私たちかもしれない。
――三宅香帆(書評家)
現代人の約七割が、依存症!?
盗り続けてしまう人、刺激臭が癖になる人、運動せずにはいられない人、鏡をよく見る人、緊張すると掻いてしまう人、スマホを手放せない人ーー抜けられない、やめられない。
人間の衝動を描いた新感覚の六篇。小説現代長編新人賞受賞後第一作!
撮影・文/パリュスあや子
第1回「「仲が良すぎる」夫の家族」>>
第2回「トーフに好きなだけケチャップとマスタードを」>>
第3回「夫の姉のカノジョ」>>
第4回「都会のほうがマイノリティには暮らしやすい?」>>
第5回「深夜の大喧嘩。子供が嫌いなわけじゃないのに」>>
第6回「日本のお葬式、フランスのお葬式」>>
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