人は明日をも知れない絶望的な状況に追い込まれた時、どういう選択をするのでしょうか。そのまま諦めて死を待つのか、それとも、どうせ死ぬかもしれないのなら何だってやってやる! と腹をくくるのか。現在、コミックDAYSで連載中の『片喰かたばみ黄金おうごん』は、ゴールドラッシュに湧く19世紀のアメリカが舞台の冒険譚。故郷アイルランドで大飢饉に襲われ、何もかも失った少女・アメリアと従者コナーが、身一つでアメリカに渡り、カリフォルニアを目指します。過酷な状況にありながらも、不屈の精神で明るい未来を夢見る姿にぐいぐい引き込まれます。

『片喰と黄金1』 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)

19世紀中ごろのこと、アイルランドは大飢饉に見舞われます。食べ物がなく、多くの人たちが次々と命を落としていきます。また一人、力尽きようとしている男性がいました。そこに現れたのが、14歳の少女・アメリアと従者のコナー。この二人もまた、身内を失い、死体漁りをして生き延びようとしていました。ところが、その男性・イリルはまだ死んでおらず、平謝りする二人。男性は娘を失っており、アメリアに娘の面影を感じ取ります。そして、こんなに痩せこけて顔色も悪い少女が死体漁りをしなくては生きていけない現状に愕然とします。

 

大飢饉の原因は、アイルランド人の主食であるジャガイモの疫病。アメリアの家も農家で、祖父も両親も兄弟も失い、土地を追い出されることに。コナーは代々アメリアの家に仕えており、幼くして一家の長になったアメリアと行動を共にしています。仕事も希望も何もない中、アメリアは祖国アイルランドを捨て、移民として渡ろうとしていました。新天地アメリカで仕事を見つけて働くと思いきや、アメリアの目的は、ゴールドラッシュに湧くカリフォルニアに行き、そこで一発逆転を真剣に目指しているというのです。ところが、手元にある船代は足りておらず、死体漁りで稼ごうとする始末。

 

どう考えても、そのまま死んでしまうだろうと思ったイリス。しかし、亡き娘に似たアメリアを放ってはおけず、自分の家に泊まるよう勧めます。そして、なんとか説得して、無謀な真似をやめさせようとします。

 

イリスの家は、ボロボロになったアメリアすら引くほどの荒れっぷりでもはや廃墟。そこで、小さい種芋2つのシチュー(といっても水に塩を入れて皮ごと煮るだけ)を振る舞うイリス。疲労から速攻で寝落ちしてしまったアメリアですが、10歳の時に飢饉が始まって以来、ろくなものを食べていないにも関わらず、明るくつとめて自分で自分を騙かして生きてきました。イリスは、危険を冒してまでアメリカに向かおうとするアメリアに、飢饉が終わるまでここに居たらいいと提案します。イリスが見ず知らずのアメリアを必死になって引き留めようとするのには理由がありました。かつてイリスもアメリカに行けば幸せになると信じていました。しかし、娘を失ったあとに、アメリカを夢見るよりもささやかな幸せを大切にすればよかったという後悔の念を引きずっていたのです。

イリスに「ささやかな幸せ」と言われ、一瞬心が揺れるアメリアですが、彼女は彼女でアメリカを目指す理由がありました。飢饉に見舞われ、家族が絶望的な気持ちになる中、アメリアは持ち前の明るさで、「誠実に向き合っていれば いつか必ず救われると!」と思い、自分を奮い立たせてきました。しかし、大地は荒れ果て、家族は一人ずつアメリアを遺して去っていきました。食べるものが本当に何もなくてアメリアが気を失っている時に、従者であるコナーの弟が噂話としてアメリカでたくさんのゴールドが出た話をします。自分ももう衰弱しきっていて先がないことを悟っていた弟は、「オレが糧になる」と言い残して自ら命を絶ちました。

忠誠心の強いコナーの弟をまさに自らの血肉としたアメリアは、心の底から二度とこんな辛い思いをしたくない。そのためには、自分だけでなく、子や孫などこの先ずっと飢えも病気も知らず、何の苦労もいらない暮らしを実現させなくては到底割に合わない。だからこそ、ささやかな幸せではなく、黄金を掴み取って大富豪になるしかない、そう固く誓っていたのでした。

 

カリフォルニアのゴールドラッシュでの一攫千金を狙うのは、もちろんアメリアだけではありません。世界中から大勢の人々が我先にと押し寄せる中、飢えて痩せこけたアメリアたちの冒険が始まります。

 

ゴールドラッシュで大富豪を目指す! とだけ聞けば、「なに夢みたいなこと言ってるの?」と一蹴してしまいたくなります。しかし、物心ついた頃から飢えに苦しみ、大切な家族を失い、小さな希望を抱く気力さえ失いかけていたアメリアにとって、もはや黄金を掘り当てるくらいしか人生を好転させる手段がなく、それがアメリアと忠誠心の強い従者コナーが生きていくために必要な、唯一の光となっていました。

船代を集めるのにも難儀していたアメリアとコナーですが、一歩進むごとに困難が押し寄せてきます。それでも、揺るぎない覚悟を内に秘めたアメリアは、どこまでも明るく、前向きで、エネルギーの塊のような存在。みんなにバカにされようと(実際、物語で毎回みんなに鼻であしらわれるのがお約束)、「大富豪になってやります!」と公言し、行く先々で出会う人々を巻き込みながら壁を乗り越えていき、前に進もうとします。

アイルランドの大飢饉、アメリカに向かう移民船での過酷な船旅、ゴールドラッシュ、移民や黒人差別など、歴史的事実に裏打ちされているだけに、目を背けたくなるような出来事も物語に登場します。だからといって、暗くて悲壮感がある物語というわけではなく、むしろ笑いあり、感動ありの明るい冒険譚。作者の綿密なリサーチに裏打ちされた丁寧なストーリー展開で、当時の時代背景をリアルに感じ取ることができます。また、少年時代に海で遭難し、アメリカに渡ったジョン万次郎(ジョンマン)や、大陸横断鉄道の父となるセオドア・ジュダなど、実在の歴史的人物も登場します。

ハラハラドキドキさせられ、かなり頻繁に散りばめられたギャグシーンに笑い、何よりアメリアに勇気と元気をもらえる、型破りな冒険譚。実はこの作品、「ウルトラジャンプ」(集英社)で連載されていたのですが、27話で打ち切りになるところを、漫画アプリ「コミックDAYS」(講談社)に、出版社の垣根を超えて移籍し、物語が続行することになりました。この作品自体も、アメリア顔負けの困難を乗り越えてきているのです。個人的には、集英社時代から愛読していただけに、「よくぞここまで!」という感慨もあり、ゴリ押ししたい作品なのです。アメリカに上陸したアメリアとコナーは、ニューヨーク→コニーアイランド→ボルチモア→グレートフォールズ→ケンタッキー→シンシナティ→インディアナを経て、いまはセントルイスにいます。「コミックDAYS」で一気読みして、早くアメリアに追いつこう!!

 


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『片喰と黄金』
北野詠一 講談社

19世紀中ごろ、アイルランドを大飢饉が襲った。痩せ果てた祖国で、アメリアと従者のコナーは、ある噂を耳にした。遠く海を隔てた北米の地、その西の果てで、湧くほどの黄金が出たという。この世のすべてを見返すため、黄金を求め、主従は西を目指す。本格北米大陸放浪譚! ※作中には扱われている時代背景に則した表現(人種差別・児童虐待等)があります。ご注意ください。またこれらを助長する意図はありません。