窮地からの目覚め


まずは私にとって大きな転機となった、学生時代の話をさせてください。

高校生くらいまで、『私、好きなものって何も無いなあ』と思っていました。

中高一貫のインターナショナルスクールに通っていたのですが、帰国子女や外国籍の子に囲まれ、周囲とうまくコミュニケーションが取れず、淋しい毎日。

取り立てて特技もない。自己主張も苦手。存在価値がないような気がしていました。おそらく傍目に見ても浮いていたと思います。

今思い出しても、本当にしんどかった。自分にできることなんて何もない、そう思っていました。

部活や趣味など、何か没頭できるものがあればまた違ったのかもしれません。でも、それさえなかった。あの頃は人生の暗黒時代でした。

だけど、辛い、つまらないと言っていても時間はどんどん過ぎていく。「これは自分で何とかするしかない」と、なぜかそれだけは感じていました。

 

「現状を打破したい」その想いが強くなり、ついにスクールカウンセラーに相談します。

 

もう、環境を変えるしかない。火事場の馬鹿力みたいな感じですね。人って、本気で自分が嫌になったときに不思議な力が湧くのかもしれません。学校に資料や情報はたくさんありましたから、自分で必死に調べてアメリカのインディアナ州の高校に留学することを決めました。

……今思うと行動力がありますよね。でもこの時は必死! とにかく自分をリセットしたい一心です。

留学したのは古き良きアメリカの香り漂う、一言で言えばド田舎の学校でした。自然が豊かで、隣の家に行くのも一苦労。でもとにかく自分で決めて掴み取った新天地です。

もちろん、いざ留学してみれば、元いた環境よりもある意味ハード。語学力も自己主張もまったく足りていません。

だけど、わざわざアメリカまで来て、これまでと同じストーリーは御免だと思いました。だったら自分が変わるしかない。アメリカに行っても、自分の弱点からは逃げられない。だったら今度は正面から向き合おう。覚悟を決めました。

そのくらい、過去の自分に戻りたくなかったんです。周りのせいにして閉じこもっていたら、自分の好きなモノさえ分からなくなってしまう。そのことを知っていたからガムシャラになれたんだと思います。

言葉に不安があっても、とにかく気持ちを言葉や態度に表すことから始めました。諦めずにトライ&エラーを繰り返すうち、だんだん自分を客観視できるようになりました。

周囲は私のことを良くも悪くも気にしていない。存在に気づいてもらえないよりは、反発されたとしても自己主張したほうがいいと思いました。

傷ついたとしても、孤独には戻りたくなかった。

好きなものさえない無味乾燥な世界にはもう死ぬまで戻らないと、私は決めていました。

心って凄いですよね。そう決めて、毎日一歩ずつ歩き続けたら、一年後、私の性格はとっても強くなっていました。ちょっと強くなり過ぎたかもっていうくらい(笑)。

誰にもわからなくても、自分で努力して、なりたい自分に近づけた。確かな達成感を胸に、帰国しました。