「認知症だから」で済ませてはいけない
ここでちょっと想像してみましょう。 私たちはどんなときに「帰りたい」と思うのでしょうか。
自分の用事が終わったとき
その場の居心地が悪いとき
とりあえずその場を離れたいとき
ここにいる必要はないと感じたとき
ちょっと考えただけで、これだけ浮かびました。くり返しになりますが、認知症であっても「人の気持ち」は変わりません。介護サービスを利用しているときに、「帰ります」と言って、外に出ていくお年寄りはたまにいます。そういう人を目にすると、介護者は「認知症だから、しかたないなあ」と、深く考えるのをやめてしまいがちです。
あるいは、身近な人が認知症と診断され、「不可解な行動」が出るようになると、家族 や介護職は、
<ああ、おじいちゃん(おばあちゃん)は私たちとは全然違う人になってしまった>
と考えるようになります。そして、出ていこうとしている場合は、どうにかして止めようとします。止められなかったら、一緒に外に出てついて歩きます。
<認知症だから、こんな行動をするんだ。どうしようもない>
と、すべてを認知症のせいにして、お年寄りのあとをぴったりついて歩くだけ、という状態になってしまうのです。
一緒に外を歩くこと自体は、何ら問題ありません。でも、それってものすごく大変ですよね。しかも、付き添われているお年寄りは「安心」できるでしょうか?
そんなふうに「歩くこと」が目的になってはいけません。ケアしているように見えるかもしれませんが、実は何の解決にもなっていないからです。人の気持ちに添った「関わり」をしなければ、認知症の人に安心してもらったり、落ち着いてもらうことはできません。その人の気持ちに想像が及んでいなければ、本当の意味でのケアにはならないのです。
肝心なのは、一緒に歩きながら、
<この人はどうして『帰りたい』と言ったんだろうか>
<歩きながらこの人は、何を見て何を考えているんだろうか>
と考えたり、想像したりすることです。
あるいは、しばらく歩いて戻ってくれたなら、
<どうしてそんな気持ちになったんだろうか>
と振り返ってみることです。
「本人は今、どんな思いか」と、認知症の人の立場に立って、「その人の気持ち」を考えてみなければなりません。 それが認知症ケアの大前提だと、私は思うのです。
著者プロフィール
渡辺哲弘 Tetsuhiro Watanabe
「株式会社きらめき介護塾」代表取締役。1971年、愛知県生まれ。大学卒業後、 障害者施設・高齢者施設などの現場で約20年経験を積んだ後、2013年に「株式会社きらめき介護塾」を、2015年に「一般社団法人きらめき認知症トレーナー協会」を設立。専門職や地域に住む一般の方向けの講演を行うとともに、「職場や 地域で認知症をわかりやすく伝えられる人材の育成」を目的に、独自の講師養成 講座なども実施。日本国内のほか、ハワイや中国にも講演に招かれた実績がある。介護福祉士、社会福祉士、認知症介護指導者(滋賀県)などの資格を保有。 著書に『はじめてでもわかる! 認知症なるほど事例集』(QOLサービス)など。
『認知症の人は何を考えているのか? 大切な人の「ほんとうの気持ち」がわかる本』
著者:渡辺哲弘 講談社 1540円(税込)
13万人がその講演を受講した人気講師が教える「認知症の真実」。お風呂に入らない、同じことを何度も聞く、うろうろ歩き回る……認知症になったお年寄りが見せる、こんな不可解な行動は、実は人として当然の気持ちから起きていることでした! 症状に隠されがちな認知症の「人の思い」を読み解く手がかりが見えてくる1冊。実際に介護の問題を解決したケア事例も満載です。
構成/からだとこころ編集チーム
第2回「トイレに行けない、服を着られない…認知症の人はなぜ「当たり前のこと」ができなくなるのか」12月11日公開予定
第3回「なぜ、おばあちゃんは便器で皿を洗ったのか…?認知症の人が「困ったこと」をする深いワケ」12月14日公開予定
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