フランス在住の作家・パリュスあや子さんによるミモレ書き下ろし連載小説の第3弾。日本からフランスの大学院へ留学するも、慣れないフランス語とコミュニケーションに苦戦する愛莉。フランス人の頼れる友達が欲しいとエシャンジュ(フランス語を学ぶ日本人と、日本語を学ぶフランス人の日仏交流会)へ参加することに。

 
あらすじ
パリの大学院で「映画理論」を学ぶ愛莉あいり。流れで一夜を共にしたフランス人のギヨームからは、はっきりと愛を告げられたわけではなく、関係を確認できずにいる。そんな愛莉に「金曜の夜、映画を見に行こう」とギヨームから連絡がきてーー。
 


「街角にシャンソン」(3)


3.
その夜エシャンジュに集まった20名ほどの参加者は、日本人・フランス人がほぼ半数だった。ただ日本人の大半が女性、フランス人は男性が多く、「街コンってこんな雰囲気なのかな」と、自分のことは棚に上げてちょっと鼻白んだ。

いくつかのテーブルに分かれて座ると、おずおずと自己紹介が始まった。やっと皆が打ち解けてきたと思ったら、日本語のうまいフランス人男性が全員の会話を仕切り出し、微妙な空気に。自由におしゃべりできずもどかしい気持ちでいると、その男性にさりげなく手を握られ、もう我慢できなかった。

「お先に失礼します」

そんなにうまく出会いが転がってるわけない……浅はかな期待を抱いていたのが恥ずかしかった。意気消沈して会場を出ようとしたとき、他のテーブルからも同じタイミングで席を立った人がいた。

それがギヨームだった。

小柄でずんぐりした体躯。くりんとした丸い目を縁取る長い睫毛に、もみあげから顎まで繋がる黒々とした髭。全体的に濃い印象ながら愛嬌があって、アライグマを彷彿とさせた。優しい声音は心地よく、なによりギヨームのフランス語は正確で品があり、聞き取りやすい。これほどストレスなく会話できたのは初めてのことだった。

「あなたのフランス語、とても聞き取りやすいですね」

「そう? トゥール出身だからかな。最も美しいフランス語を話すのはトゥールの住民って聞いたことない? フランスの首都と見なされていたこともある歴史ある街なんだよ」

ギヨームは嬉しそうに語ると、親しみを感じさせる笑みを浮かべた。

「ところで『Vous(ヴ)』じゃなくて『Tu(テュ)』でいいかな?」

「あなた」でなく「君」で――つまり敬語ではなく、もっと気楽に話そうよ、という意味だ。

「『Tu』を使って話す」は「tutoyer(テュトワイエ)」という動詞になっているほどで、知り合った者同士、初めは礼儀として丁寧に話したとしても、だいたいすぐこの挨拶を経て親しい口をきくようになる。