フランス在住の作家・パリュスあや子さんによるミモレ書き下ろし連載小説の第3弾。日本からフランスの大学院へ留学した愛莉。ギヨームとの映画デートのあと、テイクアウトを買って彼のアパートへ……。

 
あらすじ
パリの大学院で「映画理論」を学ぶ愛莉あいり。流れで一夜を共にしたフランス人のギヨームからは、はっきりと愛を告げられたわけではなく、関係を確認できずにいる。そんな愛莉に「金曜の夜、映画を見に行こう」とギヨームから連絡がきてーー。
 


「街角にシャンソン」(5)


5.
丸い円盤と、針。

「レコードプレーヤー?」

「そう、卓上型蓄音機の復刻版。なにか聴く? 好きな曲、選んでよ」

ギヨームが自慢げに棚を開けると、ぎっしり収納されたレコードが現れた。一枚一枚、手に取って眺めていく。

「私、レコード触ったの初めて!」

クラシックにロック、ジャズにエレクトロ……ジャンルも年代も様々で、ギヨームの音楽の趣味はさっぱりわからないけれど、重みのある正方形のジャケットは、アート作品のような楽しさがあって見飽きない。

一番古そうで一番フランスらしいと感じた「Sous le ciel de Paris(パリの空の下)」というシャンソンを選び、ギヨームに渡そうとすると優しく押し戻された。

「かけてごらんよ。レコードは縁を両手のひらで挟むように持って――」

知らないものを扱うのは恐い。教わりながら、慎重にレコードの外周部分に針を置く。

ぷつ、と小気味よい音がし、ざらついた間を置いて曲が流れだした。円盤の歪みなのか傷なのか、時折独特の摩擦音が交じり、それが不思議と音にぬくもりを与えるようだ。

「あ、この曲、知ってるかも」

流れるようなアコーディオン、ビブラートのかかった女性の歌声に、「ン……ン……」と夢見るような鼻歌。パリの映像などに合わせてよく使われている気がする。

「有名だから、どこかで聴いたことあると思うよ。もともとは映画音楽だったんじゃないかな。僕は古い映画はほとんど観ないから、よく知らないけど」

言われてようやく『巴里の空の下セーヌは流れる』という名画が結びついた。

「実は私も古典ってそんなに観てないんだ。論文対象は1960年代のフランス映画に絞ってるし」

「〈60年代仏映画におけるパリの描かれ方〉だっけ。ヌーヴェルヴァーグの頃だよね。でも、パリなんてそう変わらないんじゃない?」

 
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