ギヨームは上目遣いでわざと意地悪そうに笑い、私の両手を取った。ゆっくりとリビング中央に導き、曲に合わせてシャンソンを口ずさみながら、ゆらゆらと身体を揺らし始める。
私は踊り方なんて知らない。音感もないから、体育のダンスの授業は苦痛でしかなかった。でもギヨームにリードされて一緒に揺れていると気持ちよくて、ちゃんと踊れているような気になるからおかしい。次々に映画のダンスシーンが浮かび「これぞフランス」とくすぐったい気分になる。
シャンソンはパリの人間模様や街並みを、ささやくように切り取っていく。心地よい旋律に身をゆだねていると、頭の中にわたあめを詰められたみたいにぽやんとしてきた。
――確認しなきゃ。ギヨームの気持ちを。本気で付き合う気はあるのか……
ふいと片腕を持ち上げられ軽くねじられたかと思うと、私の身体はくるりと回っていた。あまりに滑らかな動作で、思考が追いつかない。
なされるがまま、気付けば言葉を発する前に唇を重ねていた。
――またやっちゃった……
乱暴に髪を洗いながら反省する。目をつぶり、熱いシャワーを全身に受けながら、ダンスからベッドへの一連の出来事を反芻してみた。
――でも質問なんかできる雰囲気じゃなかったし……
いつのまにかニヤついている自分に気付き、イカンイカンと頬を押さえて真顔に整える。
「シャワー、ありがとう」
寝室に戻ると、パンツ一丁のギヨームが、私のパジャマになりそうな服を並べてくれていた。女物らしい蛍光ピンクのTシャツと花柄の短パンに目を見張る。
「これ、私に?」
この前はギヨームのTシャツを借りて寝たけれど、今夜はわざわざ用意してくれていたんだろうか。趣味がいいかはともかく、その心遣いに感動してしまう。
「うん、同棲してた彼女の忘れ物なんだけど、よければ使ってよ」
「……え?」
「いつか返そうと思ってそのままになってたんだ。あ、でも洗ってあるからきれいだよ」
私は目がチカチカする派手な服と、無邪気そのものなギヨームを交互に眺めた。
「いつか返すって――今も繋がりがあるの?」
「最近は会ってないけどね」
ギヨームはご丁寧にも、ピンクのTシャツを広げて見せてくれた。裾に真っ赤なハートが飛んでいて、思わず眉をひそめてしまう。
「新しそうだし、高そうだし、勝手に捨てられなくてさ。ほら、日本語でなんていうんだっけ……〈モッタイナイ〉?」
誇らしげでさえあるほほ笑みを前に、私は驚きも怒りも通り越し、途方にくれてしまった。ギヨームの恋愛観が理解できない。
――元カノのパジャマを今カノに勧める? それとも私は、やっぱり彼女じゃないの?
胸のあたりを絞られたみたいに苦しくなる。口が渇き、そろりと唾を飲みくだして一息つくと、できるだけ淡々と言った。
「他の服、あるかな?」
NEXT:2月3日(木)更新(毎週月・木・土更新です)
なかなか寝付けなかった翌朝、ギヨームからDIYの材料を買いに行こうと誘われる。
<新刊紹介>
『燃える息』
パリュスあや子 ¥1705(税込)
彼は私を、彼女は僕を、止められないーー
傾き続ける世界で、必死に立っている。
なにかに依存するのは、生きている証だ。
――中江有里(女優・作家)
依存しているのか、依存させられているのか。
彼、彼女らは、明日の私たちかもしれない。
――三宅香帆(書評家)
現代人の約七割が、依存症!?
盗り続けてしまう人、刺激臭が癖になる人、運動せずにはいられない人、鏡をよく見る人、緊張すると掻いてしまう人、スマホを手放せない人ーー抜けられない、やめられない。
人間の衝動を描いた新感覚の六篇。小説現代長編新人賞受賞後第一作!
撮影・文/パリュスあや子
第1回「私たち、付き合ってるのかな?」>>
第2回「カワイソウなガイコク人を助けてくれる友達が欲しい」>>
第3回「したあとは、煙草、吸いたいんじゃない?」>>
第4回「「パリに何しにきた? 恋人探しか?」」>>
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