フランス在住の作家・パリュスあや子さんによるミモレ書き下ろし連載小説の第3弾。日本からフランスの大学院へ留学した愛莉。またしてもギヨームと一夜を共にしてしまったが、まだ気持ちを確認できずにいます。
パリの大学院で「映画理論」を学ぶ
「街角にシャンソン」(6)
6.
なかなか寝付けず、朝もしゃっきり頭が働かなかったけれど、ギヨームが焼き立てのクロワッサンを買ってきてくれて元気が出た。中央が焦げている三日月の端からパリリと音を立ててかぶりつくと、口中にじゅわっとバターの甘い風味が広がる。
この国では、少なくともパンだけは裏切らない。
「今日は時間ある? ブリコラージュの材料を買いに行こうかと思ってるんだけど」
食べるのに夢中になっていた私が顔を上げると、子供を見守るかのようなギヨームの柔らかなまなざしがあった。観音開きのレコード棚を示し、中が見える格子ドアに付け替えたいという。
「棚の色がくすんできたし、塗り替えもしようかな。何色がいいと思う?」
家具は生活のなかでも重要な要素。意見を求められて、嬉しくないわけがない。
「レコードプレーヤーと同じ焦げ茶もいいけど、それだと部屋の雰囲気が暗くなっちゃうかも。思い切ってクリーム色とか、明るい色にしたらどうかな?」
アイディアを出しあい、できあがった棚を想像するだけで胸が膨らむ。
昨夜の元カノパジャマ事件も、頭から吹き飛んでいた。
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