やっと手に入れた家を、配偶者が勝手に売ろうとしているーー。『毎日世界が生きづらい』は、日常にさざ波が立つそんな場面から始まります。「夫のそういう何かに気づいたら、私はわりと突っ込んでいって聞くタイプ」と語るのは、著者・宮西真冬(みやにし・まふゆ)さん。「でも結婚して半年くらいだったら、聞かないで悩み、あれこれ妄想してしまいそうな気がします」。作品が描くのは、そんな夫婦が「(時には)聞ける関係、言える関係」を築くまでの話と言えそうです。そこにある「理想の夫婦像」「理想の夫婦愛」とはどんなものでしょうか?
 

話せばわかるのに一番大事なことは話せない


担当編集者からの「純愛ものとか興味ないんですか?」という言葉をきっかけに、『毎日世界が生きづらい』という作品を書き始めたという作家・宮西真冬さん。

「同じ編集者には、以前から私の夫について『いいキャラですね』と言ってもらっていたので、それをベースにちょっと極端な男性像を作り、夫とのすれ違いを描こうかなと。でも妻目線となると、夫と一緒に暮らす人が自分以外には考えられなくて、結果的に主人公・美景(みかげ)は自分と似た生きづらさを感じている人物になりました。本人たちは真面目なのに、端から見ると『なんでこんなことで?』という滑稽な感じが面白いんじゃないかなって」

「夫婦もの」で「純愛もの」という、ちょっと気になる部分については後半に触れるとして。物語はその二人の結婚から数年の日常生活を追っていきます。

「書いていて思ったのは、俯瞰して見ればお互いに相手を思っているのに、渦中にいると気づかないんだな、ってこと。話せばわかるのに一番大事なことは話せない。でも今日話して分かってもらえずケンカになり、明日もそのままなのはしんどいし、曖昧にしておけばそれ以上は悪くならない。ケンカばかりだと帰りたくなくなるし、日常を維持するには真正面からぶつからず、放っておいたらマズいということでないかぎり、言わずに終わってしまうと思うんですよね」

 


人生の問題って解決しないことだらけ

 

「なんでも言い合える夫婦」「互いに自立した夫婦」「いつまでも恋愛関係みたいな夫婦」……マスコミやSNSには、理想の夫婦像が溢れています。でも宮西さんの描いた夫婦が行き着いた「理想の形」は、それとは全く違うものです。

「今って情報が多すぎて、自分の本音を探すより先に答えっぽいものが入ってきちゃう。いわゆる“素敵な夫婦像”というのも、自分が思い描いた望みでなく、どこかで信じ込まされたもののように思うんです。そういう誰かが作った理想像を見て、“そうあるべきなのにそうじゃない”と苦しむくらいなら、そんなものは目指さず、生きやすいほうに流れていってもいいんじゃないかなって。人気のドラマや小説を見ると、問題を解決していく気持ち悪さを感じることがあるんですよね。元気な時は楽しく見られるのに、気持ちが荒んでいると、でも現実はそう問題は解決しないよねってひねくれてしまう自分もいて。夫婦のことにかぎらず、人生って実は解決しないことだらけだし。そんな自分が納得するように書いてみたら、『うまくいかなくてもいいじゃん』という作品になったという感じです。『うまくいくもの』と思うから「うまくいかない自分』がしんどくなる。でも『うまくいくことばかりじゃない、それが当たり前』と思っておけば『まあまあこんなもんか』って思えるかなと思って」

 
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