かつて、大学生たちが社会問題や大学内の問題についてデモや集会を行い、授業ボイコットや建物の占拠を行っていた時代があった、といっても令和の大学生からすればあまりにも時代が違いすぎて、想像がつかないかもしれません。当時の大学生たちはもう70歳代になっているわけですから、それより下の30〜40代にとっても、馴染みがないのではないでしょうか。現在、コミックDAYSで連載中の『恋とゲバルト』は、学生運動真っ只中の大学生たちの青春群像マンガ。マンガだからこそリアルに伝わってくる当時の熱狂、当事者である学生たちの行動原理や葛藤、恋愛模様などがあり、骨太でかなり読み応えのある作品です。

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『恋とゲバルト(1)』(モーニング KC)

「恋とゲバルト」の、「ゲバルト」って何? と思いませんか?
実はこれ、「暴力」という意味のドイツ語から来ています。そして、日本では学生運動における武力闘争という意味があり、武器として用いられた角材のような棒状のものを「ゲバルト棒(ゲバ棒)」、同じ陣営内部での抗争を「内ゲバ」と呼んだりしていました。どこかで聞いたことはないでしょうか?

 

のっけから横道に逸れましたが、この「恋とゲバルト」というタイトルこそ、この作品の本質でもあります。物語は、1969(昭和44)年の東大安田講堂事件の現場で、猿面を着けた袴姿の男性と、ヘルメットに学生服姿の男女が対峙するところから幕が開きます。

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さかのぼること1年前の1968(昭和43)年春、東京にある天啓大学は新入生で賑わっていました。仙台から上京したばかりの純朴な青年・東儀(とうぎ)ひろしもその一人。現代ならサークルや部活動の勧誘で盛り上がるところですが、学生運動が盛んな当時は、さまざまな派閥が入り乱れてデモや集会を開くのが日常茶飯事。新入生の勧誘に余念がありませんでした。

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ひろしも熱心に勧誘されますが、ひらりと交わしてとある待ち合わせの場所に向かいます。そこに現れたのは、剣術同好会所属の先輩・黒木。実はひろしはただの新入生ではなく、体育会系右翼部隊の切り札として呼び寄せられた古武道の達人。大日本武流(たける)会という右翼系の民兵組織の特級奨学生として天啓大学に入学していたのです。

そういう立場ということもあって、同級生が集会だの女の子だのと浮かれていても、「ボク 政治の話には 極力かかわりたくないんです」と、一線を引こうとしていました。とはいえ、キャンパス内はどこもかしこも政治や派閥同士の争いの話ばかり。1948(昭和23)年に結成された全日本学生自治会総連合(全学連)が分裂を繰り返し、これらの分派が大学内に拠点を置いて抗争を続けていたからです。そこに、大学側を支持する勢力として体育会系の部に属する有志たちが彼らに対抗。政治的活動に直接関わっていない学生も、時代の熱にあおられてデモや集会に参加している状況でした。

ある日のこと、左翼勢力の集会に乱入した右翼系学生の隠し玉として鮮烈なデビューを飾ったひろし。袴姿に猿面を着け、軽やかに立ち回り、次々と敵を倒していきました。正体を明らかにできないひろしは混乱に乗じて身を隠し、素早く着替えて集会の場から立ち去ります。

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逃げる道中に迷い込んだのは、とある温室の前。そこで水やりをしていた可憐な女子学生に目を奪われます。彼女の名前は北条美智子。ひろしより一学年上で、唯一の園芸部員として草花の手入れをしていました。彼女こそが、あの冒頭の学生服の女性であり、二人は偶然、混沌としたキャンパスの片隅で出会ってしまったのです。

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虫も殺せないようなタイプに見える美智子ですが、実は彼女の正体は、左翼部隊の秘密兵器として暗躍する“赤い北斗”。赤いヘルメットとタオルで顔を覆い、ボタンが北斗七星と同じ配列の学生服に身を包み、ヌンチャクのような武器を振り回して圧倒的な強さを誇っていました。

この先、二人はお互いの正体を知らないまま、少しずつ惹かれていくようになります。右翼と左翼が入り乱れ、いつもどこかで争い事が起きるようなキャンパスだからこそ、お互いの素朴な一面に心を踊らせ、一緒にいる時だけ浸ることができる穏やかな学生生活に安らぎを覚えるようになります。しかし、物語の冒頭にあるように、1年後には東大安田講堂で敵同士として対峙する運命にあります。大学を舞台に激化していく闘争。対立する2つの組織にそれぞれ属するひろしと美智子。二人のロミオとジュリエットさながらの恋の行方と、学生運動の行く末やいかに?

本作は、当時の狂気と熱狂がリアルに描かれていて、ストーリーそのものの面白さはもちろんのこと、この時代の雰囲気が色濃く伝わってくるのも新鮮で楽しいです。ボロボロの学生寮で夜通し酒を飲んで酔いつぶれたり、ローリング・ストーンズやザ・タイガースの楽曲が流れてきたり、「GF(ガールフレンド)」「ハンサムボーイ」といった死語(?)が日常的に使われていたりとか……。

あと、一人ひとりのキャラクターが脇役に至るまでしっかりと描かれているので、彼らが何に熱狂し、翻弄されているのか、ものすごい説得力があります。

作者の細野不二彦先生は、今から約40年前に漫画家デビュー。贋作専門の美術商が主人公の『ギャラリーフェイク』が有名ですが、1980年代には『さすがの猿飛』や『Gu-Gu ガンモ』がアニメ化され、その後もさまざまな作品を発表。『恋とゲバルト』の前作『バディドッグ』は、人工”超”知能を搭載した自立型ペット型ロボットが登場するSFで、SFからの学生運動という、細野先生が描くテーマの振り幅の大きさに驚かされると同時に、どちらも本気で面白く、改めて40年以上第一線で描き続ける細野先生の偉大さを感じずにはいられません。2月22日には単行本2巻も発売。ますます激化する学生たちの闘争と、ひろしと美智子の恋の行方を刮目せよ!

 

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『恋とゲバルト』
細野不二彦 講談社

1968年4月。世界各国で学生運動が拡がり、日本でも大学を中心に嵐が吹き荒れていた。仙台から上京してきた東儀ひろしは、ある使命を持ち、胸を膨らませ東京の大学へと入学した。そんな彼を待ち受けていたのは、左翼や右翼、自治会や運動部の学生たちが入り乱れるカオスなキャンパスだった。大学へ入ることを誘ってくれた先輩・黒木の指示を受け学生運動の只中へと入り込んでいくひろしだが、そこで彼は運命的な出会いをして…!?