フランス在住の作家・パリュスあや子さんによるミモレ書き下ろし連載小説の第3弾。日本からフランスの大学院へ留学した愛莉。またしてもギヨームと一夜を共にしてしまったが、まだ気持ちを確認できずにいます。
パリの大学院で「映画理論」を学ぶ
「街角にシャンソン」(8)
8.
過去の苦い失恋に唇を噛みしめ、どこに行く当てもなく再び歩きだす。
――もう嫉妬深い女だって思われたくない。
気付けば陽が落ち、ブラッスリーやカフェの明かりが道端をほの明るく照らしていた。
――そろそろ帰るか……でも帰ったところで……
迷子になった心地で俯きながら細い道に入ると、もぞもぞと身を寄せ合う人影に出くわした。嫌な予感に足を止め、遠巻きに様子を窺う。
屈強な男たちが、ゴミ収集車用の巨大な緑のゴミ箱の隙間に、小柄な男性を押し込めるように囲んでいる。回れ右しかけたけれど、走って大通りに逃げきれる充分な距離があると判断し、すぅっと息を吸い込む。
「ィギャアアアアアアッ」
腹の底から振り絞って叫んだ。自分自身ギョッとするほどの耳をつんざく金切り声に、男たちは一目散に逃げ去った。男性はその場に崩れ落ちてしまったようだ。
「大丈夫⁉」
血相を変えて大通りから駆けつけてくれた若者グループに、こくんと頷いてみせる。
「大丈夫。私は、大丈夫です」
びりびりと痛む喉を押さえながら、今頃恐ろしくなって身震いが起きた。でも、なぜだろう。不思議な力も湧いている。
パリに来て、いや、人生で初めて、こんなに大きな声を上げた。私にも、これだけの声が出せるんだ――
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