初対面が最悪だと、もう恥もなにもない


ワーホリでやってきて日本語勉強中というから、日本語が下手なのは仕方ない。が、「オマタセシマシタ」とか「オクチニアイマスカ?」とか、まる覚えの簡単なフレーズだけで「日本語上手ですねぇ」と女性客からおだてられているのも癪に障る。

「えーと、リュカさん? ごめんなさいね、この子ったら悪酔いしてるみたいで」

久実子が大人の執り成しをしてくれる横で、私は杯を重ねエキサイトしていった。

「日本人女性が皆優しくて親切だと思ったら大間違いだから!」

実のところ、ほとんど八つ当たりだった。かつて初の海外旅行で夢をもって訪れたパリ。だがレストランでもショッピング先でも「フランス語も英語もできないの?」と小馬鹿にされ、ずっと根に持っていたのだ。

その後、記憶をなくすほど酔い潰れた私を介抱してくれたのが悪態をついた例のフランス人と知り、己を呪いながら菓子折りを持って謝りに行くと、リュカは心底嬉しそうに日本語と英語を交えて次のようなことを言った。

「日本にもあなたのような直線的な女性がいることに感動しました」

初対面が最悪だと、もう恥もなにもない。

久実子とちょくちょくその店に飲みに行くようになり、気付けばリュカは誰より気楽に話せる相手になっていた。

 

必要最低限の言葉でしかコミュニケーションできないというのは、まわりくどく話す手間が省けるということだ。

本音を隠して相手の出方を窺うような会話が苦手な私は、異性との交際も長続きしたためしがなかったが、この人ならもしかしたら、と天啓に近いものを感じた。

 

そしてフランスまで来てしまった今、今度は私が〈郷に入っては〉で渋々フランス語を学んでいる。

日本語、フランス語、英語。全て直球だった会話に、お互いの性格や慣れからの推測が加わり、以前より意思疎通が深まった――気でいるのだが、本当のところ私がどこまでリュカの言葉を理解しているのかは謎だ。

それでもうまくやれているのだから、万事OKだろう。