フランス人には説明できない。日本で無痛分娩が少ない理由
背中から脊椎付近にまで針を刺し、カテーテルを通して麻酔を入れるらしい。自分でボタンを押すことで麻酔量も調整できるという。円華さんの話を思い出し、いくら痛くても調子にのって麻酔を入れすぎないよう注意せねばと自戒する。
麻酔を打つ部位の確認なのか、座った状態で背中を丸めるよう指示された。背骨の下の方をなぞられ「問題なし」と無事に面談終了。
「日本では無痛分娩は少ないって聞いて、驚いてたね」
帰りのメトロで「無痛分娩の同意書」に目を通すリュカに声をかける。
麻酔科医から、さも不思議そうに「なぜ?」と尋ねられ「日本には麻酔科医が少ないし、費用も高いから?」と疑問形で答えたものの、最大の理由は「お腹を痛めて産んでこそ我が子」といった独特な美徳を背景にした精神論な気がする。でもそれは説明できる気がしなかった。
「無痛分娩が有料でも希望した?」
リュカが意地悪な笑みを浮かべるので、胸を張って答える。
「もちろん! ……いや、金額によるかな……そういえば入院時の個室、ちゃんと予約できてるよね? そんなに高くないんでしょ?」
「希望は出してるから、その時に空きがあれば入れるはずだよ。値段は知らされてないけど、国立だし保険で戻ってくる分もあるから一泊20〜30€が相場みたい」
「久実子は個室希望して一日一万円プラスって言ってた。考えてみたら今まで産院で会計したことないし、処方箋の薬もほぼ無料だし、やっぱりフランスの出産総額って安いんだね。でも、そっか……空き次第……」
元々、人と過ごすことが苦手だ。
若い頃は気楽な貧乏一人旅が好きで、しかし安く泊まるために相部屋のドミトリーを選ぶくらいなら、マンガ喫茶の個室を利用していた。産後、疲労困憊のなか苦手なフランス語が飛び交う相部屋ですごすとなったら、相当ストレスになりそうだ。
産院の出産数が少ない日にツルッと生まれておくれ、と赤ん坊に念を送ったら、ドンッ! とお腹を蹴られた。了解! という返事に違いない。
「物分かりの良い子じゃ」
小声でそっとお腹に語りかけ、一人で満足した。
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