言いそびれた言の葉たち。いつしかそれは「優しい嘘」にかたちを変える。
これは人生のささやかな秘密の、オムニバス・ストーリー。
東京再デビューにハイテンションの姑。一方嫁は……?
――涼子さん、お引越しの日はよろしくね。古い家具はこっちでほとんど処分するし、想い出のモノはお父さんのアパートと紘子の家に分けて置いたから、大方は東京で買う予定よ。今週末、晃司に大塚家具とIKEAに連れて行ってもらえる?
スマホのメッセージからは義母のウキウキが匂い立つようだ。涼子はがっくりとうなだれた。もしかして神戸の一切を捨てて、東京で仕切り直したいと思っているのかもしれない。
結局、義父は急遽、嘱託社員として有期で働くことになり、家賃補助とお給料が出るならばとそのまま神戸に残ることになった。とは言え、一軒家は売却したあとだったので、しばらくは賃貸で、つまり義両親は神戸と東京で別居というトンデモ展開になっている。
「ねえ晃ちゃん、お義母さんてさ、なんで私にだけLINEしてくるのかな? 週末IKEAに連れてってって言ってるよ、返事してあげてね」
聞き分けのいいふりをしながらも、涼子の感覚からすると本心ではどうにも反発心が沸き上がる。忙しい共働きの家庭にとって、週末は貴重なリフレッシュタイムであり家族の時間だ。そこにズカズカと、いくら姑だからといって都合も聞かずに割って入るなんて、まったく考えられない。しかし、引っ越し直後で、車で買い出しは確かに必要だろう。
これは一過性のこと、イレギュラーなのだ……と涼子は念仏のように唱えて心を落ち着ける。
「母さんも暇だなー、よっぽど東京に来たのが嬉しいんだろうなあ。長い間、アウェイの関西で専業主婦として子育てに明け暮れて、東京にもあんまり来れなかったしな。そのうち大人しくなるだろうから、涼子IKEA行ってやってよ、俺ゴルフなんだよ~」
「バカいうなっ、あんたの親でしょうがっ!」
涼子はもはや晃司に飛び蹴りしたいような気持ちになってきた。
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