言いそびれた言の葉たち。いつしかそれは「優しい嘘」にかたちを変える。
これは人生のささやかな秘密の、オムニバス・ストーリー。
義母は「家族水入らず」、の範疇?
「お義母さんたら……『お誕生日温泉』って、そんなイベント我が家にはベビーシャワーと同じくらい馴染みがないんですけど」
「ベビーシャワー? ってなんだ?」
珍しく全員揃った夕食タイム。煮物をもぐもぐ咀嚼しながら、晃司がため息連発の涼子の言葉に反応した。
「え、なんだろう、出産壮行会? みたいな? わたしが妊婦の頃は、『出産したらしばらく素敵なレストラン行けそうもないから今のうちに集まっとこう女子会』だったのが、時代とともにオシャレにね……ってそこはどうでもいいのよ! 温泉よ! お義母さんと温泉。みんな来週の日曜日、おばあちゃんお誕生日なんだって。それで温泉行こうって。予定はどうだっけ?」
涼子が尋ねると、二人の娘は赤べこ人形よろしくゆらゆらと首を横に振った。
「無理。部活の試合だし、日曜は友達と約束してる」
「私も無理。推し活」
「え!? 由真、試合だっけ? 応援いかないと! 絵美、推し活って、ちゃんとお小遣いの範囲でやりなさいよ? 誰と行くの? あ、一応聞くけど、晃ちゃん予定は?」
「え、ゴルフ……」
「全然だめじゃない! まあ、急に来週土日で温泉行くって言われてもね……正直難しいよね」
昼間、仕事の合間にかかってきた早苗からの電話を思い出し、涼子はため息をついた。6月が義母の誕生月であったことはうっすら記憶していたものの、これまでプレゼントを贈ることさえスキップしていた。いくら近居になったからと言って、いきなり誕生日という理由で温泉旅行を提案してくる展開に大いに戸惑っていた。
そして最後まで訊けなかったけれど、その旅行代は誰が出すんだろうか……。
うーん、と唸っていると、能天気な晃司がとんでもないことを言い出した。
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