悩むことが「カッコいい」と思うのは単なる虚栄


──まさに、案ずるより産むが易し。若い頃の岸本さんはウジウジと悩むタイプではなかったのですね。

実はそうでもないんです。私は本当にカタブツで、楽しんでいるより悩んでいるほうがカッコいいなんて思っていました。今となっては、それは単なる虚栄心だったことがよくわかります。本当にカッコいいのは、楽しみを持っている人、楽しいと思うことを素直に実行している人なんだよって、この歳になってやっと言えるようになりました。スポーツジムに行くと、そういう方がたくさんいて心が浄化されますね。頭のなかが完全に性善説になりそうです。

──具体的にどのようなことで浄化されているのですか?

あまり関わったことがないのに「あら久しぶりじゃない」と屈託なく声をかけてくる方がいたり、新聞に載ったら「記事を拡散したわよ」って悪びれずに言ってくる方がいたり(笑)。さらに、その記事を読んで「もっと散歩したほうがいいわよ。気持ちいいわよ」なんてアドバイスをくださる方もいました。本当に真っすぐで良い人って、世の中にはたくさんいるんだなと感じますね(笑)。

──若い頃なら、ただの「おせっかい」に見えて、好意的には受け止められなかったかもしれませんね。

そういえば、スポーツウェアをいかに安く買うかという話題で、「私は年に1回ハワイに行ったときに買うのよ。ハワイは安いのよ」と話される方もいました。「交通費を入れたら結局高くつくんじゃない?」「安く買おうとしている人の前でハワイの話をするなんて、デリカシーがないんじゃない?」なんて以前の私なら思ったでしょうね(笑)。でも今は、自分がいいと思ったことを素直に他人に勧めることができるのは、本当に美しい性質だと考えられるようになりました。

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岸本さん愛用のメガネ


60代になると自分と他人との違いが気にならなくなる


──自分軸を持つこととはまた違った変化ですね。

60代にもなると、自分と他人との細かい違いが気にならなくなるんです。これが40代だと、自分と似た人とつき合って安心したい、という考えになるのかもしれないですが、60代は人生にバリエーションがありすぎるので、自分と似ている人を探し出したらきりがなくて(笑)。それなら誰でもいい、という感じで吹っ切れるんでしょうね。さらに言うと、共通点のほうが多くなるから相違点に目がいかなくなるのかもしれません。目が見えにくくなったとか、しわが増えたとか、そういう共通点がどんどん増えてくるんです。

 

──今の世の中は人間の多様性を尊重しなければいけない風潮がありますが、やはり苦手な人、受け入れられない人って誰でもいると思うんです。でも、岸本さんのように共通点に目を向けると、苦手意識のある人ともうまくつき合えそうですね。

そうかもしれないです。ちなみに、私が「人は違ってみんないい」と思えるようになったのは、50代のとき。姉と兄と私の3人で協力して親を介護したのがきっかけでした。3人とも性格がまったく違うので心配していたのですが、意外とそういうところに救われましたね。もし、3人とも似たようなタイプだったら、相手のアラが目について苛立ったでしょうけど、それぞれ特質が違うので良い具合に補い合えましたし、敬服する場面もありました。ただ、これも自分軸と同じで、普通に生きていたらそうならざるを得ない場面が自ずとやってくると思います。ですから、自分は同質的な人としかつき合えない、というのであればそれでOK。自分を責める必要はないこともお伝えしておきたいです。
 

インタビュー前編
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『60歳、ひとりを楽しむ準備 人生を大切に生きる53のヒント』
著者:岸本葉子 講談社 902円(税込)

NHK「ラジオ深夜便」の「暮らしと俳句」コーナーでもおなじみの岸本葉子さんが、旅や俳句、美容、トレーニングなどを通して感じた「60歳からの人生を豊かに生きるための秘訣」を語り尽くします。エッセイストならではの客観性を保ちつつも、友人の話を聞いているような親近感のある視点が魅力。「〇〇すべき」「〇〇しなければ」といった語気が強い人生指南本とは一線を画す、肩の力を抜いて読めるエッセイ集です。


取材・文/さくま健太
 

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