自分に余裕があるときしか“優しく”できない


もちろんイギリスも多くの問題を抱えています。特に2010年の選挙で保守党が勝利してからは緊縮財政が始まり、最初に削減されたのは教育と福祉の予算です。

ブレイディ:どの国であれ保守系の政党が最初に削減するのはその分野なんです。保守党の支持層は富裕層~ミドルクラスが多く、彼らは子供を私立の学校に通わせているし、福祉制度の世話にもならないから、削られても関係ないんですよね。でもイギリスはなんだかんだ言っても政権交代をしてきた国です。日本は同じ政党がずーっと政権を握っていますよね。

昔、太宰治が「子供より親が大事、と思いたい」と書きましたが、今の日本は「大人たちの老後が大事」というのがむき出しで、子供に関する政策が後回しにされている感じがします。コロナ禍や戦争があり物価が上がり、貧困はこれからずっと激しくなることは見えているじゃないですか。そのしわよせがどこに行くかといえば一番弱い者、つまり子供なんです。子供は働けませんから。

 

経済が上向きになると思えない、誰もが殺伐とした気持ちになっている時代には「シンパシー」はあまり役には立ちません。ブレイディさんは、小説『両手にトカレフ』の中でその「悪気のない優しさ」を、ミアに心を砕く幼馴染のイーヴィーを通じて描きます。彼女ミアへの優しさは「かわいそうな人への目線」であり「ふとした拍子に嘲笑的な目線に」裏返ることもあります。もうひとつ付け加えるなら「他人のことなんて構っちゃいられない」という余裕のない時には、あっさりとなくなってしまうものでもあります。

ブレイディ:みんなが目先のことばかり考えずにーーとなればいいんですよね。例えば年金は、自分の老後のための貯金ではなく、現役世代が働けなくなった世代を支えるシステムなんです。どんどん高齢化し年金の支払いが増えてゆく日本で、支える世代が貧困だったらどうにもなりません。だから安心して子供を産み育てられる環境を整えなきゃいけないし、子供は国家の政策として育てなきゃいけない。それなのに「今が良ければいい」という考えで、そこに全然目が行ってない。長期的に日本を変えることを考えても、教育や福祉に真剣に取り組むべきだし、ミアみたいな子供を守り、救うことが国や社会の未来につながる。これは急務です。

 

ブレイディみかこ
1965年、福岡県生まれ。1996年から英国ブライトン在住。2017年、『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』で新潮ドキュメント賞を受賞。2019年、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で毎日出版文化賞特別賞、Yahoo!ニュース | 本屋大賞 ノンフィクション本大賞などを受賞。ほか著書に『女たちのテロル』『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー2』など多数ある。

<作品紹介>
『両手にトカレフ』

ブレイディみかこ ¥1650(ポプラ社)

私たちの世界は、ここから始まる。

寒い冬の朝、14歳のミアは、短くなった制服のスカートを穿き、図書館の前に立っていた。そこで出合ったのは、カネコフミコの自伝。フミコは「別の世界」を見ることができる稀有な人だったという。本を夢中で読み進めるうち、ミアは同級生の誰よりもフミコが近くに感じられた。一方、学校では自分の重い現実を誰にも話してはいけないと思っていた。けれど、同級生のウィルにラップのリリックを書いてほしいと頼まれたことで、彼女の「世界」は少しずつ変わり始める――。


撮影/Shu Tomioka
取材・文/渥美志保
構成/川端里恵

前編「「めでたしめでたし」でごまかさないで。厳しい現実から目を背けないのも大人の役目【ブレイディみかこ】」>>