好きなものを誰かと共有するのって、勇気が要ります。大事にしていきたいものなら、なおのこと。興味を持ってもらえなかったら、どうしよう。「どこがいいの?」なんて笑われた日には、しばらく立ち直れない気がする。誰がなんと言っても、“好き”の気持ちは変わらないはずなのに。

それでも、勇気を出して一歩踏み出してみる。すると、まったくちがう世界が待っているかもしれません。75歳の老婦人・雪(宮本信子)が、共通の趣味を持つ女子高生・うらら(芦田愛菜)と出会い、目の輝きを取り戻したように。6月17日公開の『メタモルフォーゼの縁側』は、“好き”を誰かと共有する尊さを教えてくれる映画です。


うらら(芦田愛菜)が葛藤する姿に、“あの頃”の自分が重なる
 

芦田愛菜さんが演じるうららは、キラキラできない女子高生。休み時間も、クラスメイトとは連まない。女子特有の「一緒にトイレ行こう」文化とは、無縁の女の子です。そんな彼女の唯一の楽しみは、自分の部屋でこっそりとBL漫画を読むこと。母にも幼なじみにもBL好きを明かさず、ひとりの世界で“推し活”を楽しんでいました。

一匹狼にも見えるうららですが、強い自我を持っているタイプではありません。群れたくないのに、周りが気になってしまう。「私は、私」と思いたいのに、同調圧力に押しつぶされそうになる。うららが抱く思春期ならではの葛藤に、“あの頃”の自分が重なり胸がいっぱいになりました。

 


“推し”を見つけることは、生きる活力になる


一方、夫に先立たれた雪は、余生をのんびりと過ごしていました。しかし、夫の3回忌の帰りに寄った本屋で、運命の出会いを果たすのです。「絵が綺麗だから」という理由で、手に取ったBL漫画『君のことだけ見ていたい』。男の子たちの甘酸っぱい純愛に心を奪われた雪は、次第にときめきを取り戻していきます。

筆者がとくに印象に残っているのは、『君のことだけ見ていたい』の刊行が1年半に1冊だと知った時の雪の反応です。BLに出会う前の彼女は、「もうちょっと待っててね」というようなテンションで、夫の仏壇に語りかけていました。しかし、“推し”を見つけてからは、「まだまだそっちには行けない」と笑顔を見せるようになったのです。

うららと出会ってからの雪は、さらに元気を取り戻していきます。「ずっと、誰かと漫画のお話をしたかったの」と言った時の、目の輝き。“好き”を共有することで、その気持ちは何倍にも膨れ上がる。ひとりで“推し活”をするのもいいけれど、誰かとするともっと楽しい。年の差58歳のうららと雪が、『君のことだけ見ていたい』について語り合っている姿を見て、“好き”を共有することで生まれるパワーを感じました。

 
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