医療ライターの熊本美加です。ミモレの連載を書籍化した『山手線で心肺停止! 医療ライターが伝える予兆から社会復帰までのすべて』の刊行を記念し、同じくミモレの連載で人気の医師・山田悠史先生とインスタライブでご一緒させていただきました。

山田先生は普段はニューヨークで臨床をされている老年医学の専門医。著書の『最高の老後』は、年齢に縛られない視点で老化問題に切り込んでいます。確かに90歳で寝たきりの方もいれば、現役の方もいらっしゃって、年のとりかたは人によって違いますよね。


医療ライターのはしくれの私ですが、「老いることは生きること、老いに逆らうことではない」、「健康も個別性が高く、万人に当てはまる健康法はない」という考えに強く共感しました。大量に付箋を貼りまくり、蛍光ペンを引きまくりで読破。何度も読み返しています。

今回は山田先生に、書籍のなかで特に私が気になっていた「転倒」のリスクと予防について取材しました。

写真/Shutterstock


「5つのM」で「Mobility=からだ」が最重要と感じた


「最高の老後」に紹介されている「5つのM」はカナダと米国老年医学会が提唱している「老年医学」の高齢者診療の指針です。老年医学とは、日本ではまだあまり知られていませんが65歳以上、75歳以上の方が多く抱える認知症や転倒などを扱う分野になります。

<5つのM>
Mobility「からだ」
Mind「こころ」
Multicomplexity 「よぼう」
Medications「くすり」
Matters Most to Me「いきがい」

全て重要ですが、私はこの「5つのM」のなかで「Mobility=からだ」が最も重要と感じました。というのも、今年の5月に私の父が92歳で他界。3月に転倒し右手親指を骨折するまでは、一人暮らしで仕事も現役だったんです。小田原の自宅から一人で新幹線に乗り東京の外来へ月2回通っていました。もちろん、加齢による多少の記憶力の低下はあり、耳は遠かったものの、認知機能検査は満点で合格。身体の衰えはありましたが、基礎疾患はなし。それがたった1回の転倒をきっかけに負の連鎖がはじまり、2ヵ月後には命を失うことに。「転ぶことは命にかかわる」という現実に打ちひしがれたのです。

 

転倒は年齢に関係なく、誰にでもリスクはあります。歩きスマホで階段を踏みはずす。足に合わない靴を履いて転ぶ。お酒や薬の飲みすぎでふらつく。何もないところでつまずく。そんな経験は誰にでもあるはずです。

「転倒は多くの人が抱える問題です。高齢者では65歳以上の2~3割の人が年1回以上転倒を経験し、80歳以上がさらに1割が増えると報告されています。過去1年で1度以上転倒した人は、次の年に転ぶ確率が約6倍高くなると試算があります。私が診ている患者さんたちも65歳以上の転倒した方の約半分は骨折し、そのうち、大腿骨という骨を骨折した人では約3割が1年以内に亡くなっています。それなのにコロナや肺炎の致死率は盛んに取り上げられますが、転倒の致死率の高さはあまり認識されていません」

確かに、転んだり、つまずきやすい友人はいます。これらの報告を見ると、おっちょこちょいとか、あわてんぼうでは済まされません。しかも転倒すると、また転ぶのを恐れて、歩くことへの不安や恐怖心を抱くようになる「転倒後症候群」という病気になることがあります。たとえ転んだ時に無傷だったとしても、3年後まで不安障害は続くとの報告も……。1度の転倒からの「負のドミノ倒し」がいかに恐ろしいか、がわかります。