「どうしてというか、特にないんですよね」
「年齢も?」
「はい、別に年上でもいいですし年下でもいいですし」
「婚姻歴も?」
「はい、別に未婚でもバツイチでもいいですし。お子さんがいても構いません」
ヨリエさんは、原始時代からタイムスリップしてきた人を見るような目で僕を見て、あんぐりと口を開けた。これはいい人ぶっているわけでもなんでもなく、まったくそういうことに僕は関心がないのだ。10歳上だろうと話して楽しければ好きになるだろうし、20代の人でも馬が合えば好意に発展するかもしれない。もともとすごく子どもがほしいわけではないので、出産に関するリミットは検討外だったし、身近にステップファミリーもいたため、血のつながりはなくても当人たちの努力があれば家族になれると当たり前のように思っていた。
だが、婚活市場ではどうやらそうはいかないらしい。理屈はわかる。何かしら条件設定がないと、対象を絞り込めないのだろう。そこで僕は結婚後も働き続けることを希望している人がいいとお願いした。もともと共働き家庭で生まれ育ったので、家に帰ってもパートナーがいないことに抵抗がまったくない。なんだったら、家のことはお互いできる範囲でやればいいし、むしろ両者ががっつり稼いで、そのお金で遊んだり贅沢をしたい願望の方が強い。目指せパワーカップルというやつだ。
しかし、それでも条件が足りないらしい。なので、まあこの年齢でひとまわり以上年下の女性に交際を申し込むのも気が引けるなと思い、じゃあ30歳以上の女性でとお願いをする。すると、その隙をつくようにヨリエさんは言った。上はどうしましょう、と。
「あ、本当、上はいくつでもいいです」
と答えると、ヨリエさんはまた少し考え込んで、「じゃあ、ひとまず40歳までにしておきましょうか」と年齢のプルダウンを40歳に設定した。
え? だからなんで? そしてこの時点で、自分が婚活に向いていないのではないかということにうっすら気づきはじめる。これは決してヨリエさんが悪いわけではないのだ。婚活とは、希望する条件の中からできるだけマッチング度の高い相手を抽出し、その中から良縁を見つけるもの。僕のこのあまりにもガバガバすぎる間口は良心的なようで、「お昼、何がいい?」というお母さんの質問に「何でもいい」と答えるくらい怠惰で非協力的な態度だ。そりゃあお母さんも怒ります。3日連続買ってきたコロッケにします。
帰りたい。そう顔に出はじめた頃、それを知ってか知らずか、ヨリエさんは急くようにしてプロフィールの回答を埋めようとする。
「横川さん、お相手の学歴はどうしましょう」
学歴……? それこそ本当にどうだっていい。というか、人生で人の学歴を聞いたことがないわ。
「あ、本当に何でもいいです」
そう念を押すように強く伝えた。だが、もはや何とか項目を埋めたいマシーンになっているヨリエさんも譲らない。
「でも、やっぱりある程度つり合いがとれている方が話も合うんじゃないですか」
「いや、そんなことないと思いますけど」
「うーん。じゃあ、ひとまず大卒にしておきますね」
「はい?」
「ひとまず、ひとまずですので」
自分でもわかっている。ここは別にそんな突っかかる必要のない場面だ。なんなら、これはあとになってわかったことだけど、家でもこのプロフィールは修正できるらしい。ヨリエさんの言う通り、ひとまずここはまるくおさめておいて、あとで自分で勝手に書き換えればよかったのだろう。
ただ、それこそ僕が最初に付き合った彼女は高卒だ。頭の回転が早くて、頑張り屋で、ユーモアもある、とてもいい子だった。でもこのシステムでは、彼女は対象外になるらしい。ヨリエさんが大卒のボックスにチェックマークを入れた瞬間、ばっさりと彼女を切り捨てられた気がして、僕は心底どうでもよくなってしまった。そのあとのことは何も覚えていない。ただこのやりとりを早く終わらせたい一心で、ヨリエさんの言うことに従順に頷き、感情が1ミリも入っていない笑顔で事務所をあとにした。
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