おはようございます。

9月23日は、「手話言語の国際デー」でした。2017年に国連総会で決議された記念日だそうです。

そして、2025年には聴覚に障がいを持つ方のための世界的なスポーツ競技大会「デフリンピック」が東京で開催されます。

それにちなんだ、おもしろいイベントに参加してきたのでシェアさせてください。

デフリンピック金メダルを目指すアスリートが登壇

参加したのは、「柔道から広がる豊かな世界をすべての人に」を掲げて活動するNPO法人judo3.0さんが主催するオンライン上の勉強会・交流会です。

今回のテーマは、「柔道と手話」。元&現役のろう者柔道日本代表選手お二方が登壇され、柔道と聴覚障害をテーマにお話しいただくとともに参加者で意見交換を行いました。

2013年第22回夏季デフリンピック銀メダリストの吉良暁生選手(右上)。東京・北区で、手話による指導を行っている志茂柔道クラブ代表の堀資雄さん(右下)が手話で同時通訳をしてくださいました。明るく楽しい吉良選手のお話に引き込まれました。
2021年世界ろう者柔道選手権大会66kg級銀メダリスト・佐藤正樹選手(右上)によるお話。幼少期や思春期の苦労や葛藤を乗り越え自己実現に向けて努力する姿が本当に強く、美しく感じました。2025年のデフリンピックでは悲願の金メダル、期待しています!

出入り自由のカジュアルな雰囲気の中、柔道をしている中学生、柔道のコーチ、お子さんが柔道をしている親御さん、柔道選手のお友達など、最大で30名近くの方が参加されました。

中には、ポルトガルから参加された方も。これがオンラインの良いところですね。

上段左から2番目は、NPO法人judo3.0の代表理事である酒井重義さん。毎週金曜日の夜、こうしたオンライン形式のイベントを開催されています。

そして私も、若かりしころ行った武者修行中に出会った柔道と手話のエピソードをお話しさせていただきました。

JUDOKAが手話を使っていた。それが当たり前だった

2003年に柔道武者修行のためヨーロッパに渡った私は、スロベニアの女子選手とEJU(ヨーロッパ柔道連盟)主催の合宿に参加したのち、休む間もなくスロベニア国内での合宿(トップ選手だけでなく、普通のティーンエイジャーの選手も参加するもの)に参加していました。

ある日、一緒にEJUの合宿に参加したウルシカ(ヨーロッパでもトップの実力者)が、突然手話で、あるティーンの女の子と会話し出したのです。

「なぜ手話ができるの?」と聞くと、「私はあの子のクラスのコーチをしているの(ウルシカが所属していた道場では、年上の選手が年下の選手を指導していました)。耳が不自由なあの子とどう教えたらいいか考えたら、手話しかなかったから」と、当然のことのように応えてくれました。

2003年のウルシカ(左)と私。彼女の方が年下ですが、初対面から「とてもしっかりした女の子だなあ」という印象でした。

私は、耳の不自由な選手が当たり前に柔道をし、当たり前に通常の合宿に参加していたこと、ウルシカがごく自然に手話を使っていたことに驚きました。

スロベニア(ヨーロッパ)におけるろう者とスポーツのかかわり方がとても自然という側面と、ウルシカの人間性という側面があったからこそのできごとかもしれません。

当時私は23歳でしたが、それまで日本で耳の不自由な選手と柔道の練習をしたことがありませんでしたし、柔道の活動の中で手話を使っている場面に出会ったことはありませんでした。

堀さんに手話の同時通訳をしていただきながらのお話。実は、イベント開催前日に参加&発表することが決まりました。私の後ろで、娘も参加。

さらに、ウルシカが手話で会話していたティーンの選手は、ヨーロッパのろう者柔道大会で入賞した経験があると聞きました。恥ずかしながら、それまで私は、ろう者の国際大会が開催されていることを知りませんでした。

ハンデを持った方が当たり前に、ごく自然に柔道していることに感銘を受けるとともに、「なぜ日本では違うのだろう」と、淡い疑問を持ったことを覚えています。

そんな疑問を持ちつつも、現役時代は自分の競技ばかりが優先で、ほかのことにはなかなか目を向けられていませんでした。

競技を引退したいま、柔道に恩返しをしていかなければなりません。

通常の柔道指導だけでなく、視座を高くし、いろいろな側面から柔道にかかわっていけたらな、と思います。

NPO法人judo3.0さんが主催するイベントは柔道をしている・していないにかかわらずどなたでも参加できますので、ご興味のある方はぜひこちらをチェックしてみてください。