「一夫一妻制」は人間には向いていない!?
近年は多様な生き方が認められてきているとはいえ、いまだに40代に突入した未婚者は「なぜ結婚しないの?」と好奇の目で見られますし、既婚者に対しては浮気しないことや、立派な父親・母親としてふるまうことが求められます。池田先生は、40代以降の人生を窮屈にしているともいえるこの「結婚」という制度についてもメスを入れます。
「今の一夫一妻制はアメリカのピューリタンの影響が大きいのでしょう。超大国アメリカの歴史は、ヨーロッパで迫害を受けていたイギリスのピューリタンたちが移住したことに始まります。ピューリタンは性にかんしても非常に厳格で、一夫一妻制以外の関係は認めようとしませんでした。しかし、生物学的には一夫一妻制は人間にはあまり向いているとはいえず、たんに社会的な制度として決められているだけで、絶対的な『善』でもなければ、『正義』でもありません。ところが、とくに最近の日本人は一夫一妻制に拘泥するあまり、そこから少しでもはずれた行動をとると、不道徳だ、ゲスだ、人間のクズだ、と責め立てます。何とも窮屈で、生きづらい世の中になったものです」
ここだけを読むと、一夫一婦制は人間に無理を強いているだけのような印象を受けますが、池田先生は自然に一夫一婦制が成り立つパターンがあることも指摘しています。
「夫以外、妻以外の異性(あるいは同性)とは気持ち悪くてセックスなどできないという人たちもいます。それは生物学的にも大いにありえる反応です。夫婦は同じ家で長い時間をすごし、ベッドもたいてい一緒です。そうなると、皮膚などに棲みついている常在菌がたがいに似通ってきますので、たとえば、夫が手づかみで食べたパンの残りを、妻は平気で食べられたりするのです。ところが、婚外の相手では、常在菌も自分のものとはまったく違います。どんな常在菌をもっているかわかったものではなく、婚外のセックスとはそのような得体の知れない未知の常在菌にさらされることでもあります。潔癖な人だと『気持ちが悪い』と感じるのは当然かもしれません」
自分を縛っているものからの解放
つまり、池田先生は一夫一婦制を否定したかったわけではなく、それが絶対的なものではないということを伝えたかったのでしょう。本書では、一夫一婦制を絶対視してしまうことの弊害についても述べています。
「頭から『一夫一妻制=正しい』『一夫一妻制=間違い』と決めつけていては、人間というものを深く理解することはできないし、他人の行動に対してもひどく不寛容になってしまうと思います。不倫を糾弾する人を見ていると、本人は気づいていなくても、不倫をしている人間に対する嫉妬やねたみといったものを感じます。自分にも夫以外の男性と、妻以外の女性と寝てみたいという隠れた欲望が潜んでいて、その欲望を抑圧して生きている反動なのかもしれません」
池田先生は、一夫一婦制に限らず、自分の中の「当たり前」を疑うことで新たな道が開けることを示唆しています。
「40歳をすぎたら、自分が当たり前だと思ってきた画一的な『正義』や『正論』を一度、心の中から引っぱりだしてきて、疑いの目で見直すのもいいでしょう。自分を縛っているものの正体に気づいて、そこからの解放につながるかもしれません」
著者プロフィール
池田清彦(いけだ きよひこ)さん
1947年、東京都に生まれる。生物学者。東京教育大学理学部生物学科卒業。東京都立大学大学院理学研究科博士課程生物学専攻単位取得満期退学、早稲田大学国際教養学部教授を経て、山梨大学名誉教授、早稲田大学名誉教授、高尾599ミュージアム名誉館長。著書に『構造主義生物学とは何か』(海鳴社)、『やがて消えゆく我が身なら』『生物学ものしり帖』(以上KADAKAWA)、『「進化論」を書き換える』『新しい環境問題の教科書』『この世はウソでできている』(以上新潮社)、『病院に行かない生き方』(PHP研究所)、『SDGsの大嘘』(宝島社)、『構造主義科学論の冒険』(講談社)などがある。
『40歳からは自由に生きる 生物学的に人生を考察する』
著者:池田清彦 講談社 990円(税込)
生物学的に考えると人間の寿命は38歳。40歳以上になったなら、人間は自分なりの規範を掲げ、上手に楽しく生きるようにした方が良い──テレビでもおなじみの生物学者・池田清彦さんが、40歳以降の人生において、自分を解放し、日々を充実させる生き方を生物学的観点からレクチャーします。切れ味抜群の文章で、窮屈な思いを強いている「常識」を一刀両断。とびきりの爽快感を味わいながら心を軽くできる一冊です。
構成/さくま健太
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