※この記事は「編集長・川良咲子の今やってます〜」2022年10月11日公開記事を再録したものです。
私は2015年の冬に、会社の人事異動で女性誌「with」からウェブマガジン「mi-mollet」にきました。「with」には2年(うち1年は育休)、その前は女性誌「FRaU」に14年。入社以来ずっと雑誌編集部で、一切ほかの部署の経験はなく、2019年7月に「mi-mollet」編集長に就任し、今に至ります。
私だけでなく、mi-molletの編集者は全員が紙の雑誌出身。そして全員アラフォー以上。20年以上紙の雑誌にいたベテランが異動してくるので、「違う国に来たのかというくらい違う!」とみな一様に戸惑います。
今日は、そんな私たち編集者の「リスキリング(Re-skiling)」について書きたいと思います。
私がまず戸惑ったのは「ページレイアウト」です。雑誌の編集部にいた頃は1ページ、あるいは見開きにどんな見出し、写真が、どの位置に入るのか、「絵コンテ」を手書きあるいはPowerPoint等で書いて、上長のチェックを受けていました。
このようにページの構成レイアウトを考えるのは、雑誌編集者の大きな仕事のひとつですが、ウェブでは、デザイン・レイアウトが決まっているCMS(コンテンツマネジメントシステム)の中に、写真と原稿を流し込むだけ。「絵コンテ」はあるものの、アートディレクターやエディトリアルデザイナーと、どんな構成にし、どんな写真を撮るかを詳細に打ち合わせることはなくなりました。「あの人が担当するページっておしゃれで、レイアウトも絶妙だよね〜」みたいな評価も一切なくなったわけです。
また雑誌の本文は縦組みなのに対して、ウェブは横組みのため、自然と文体や使う言葉もやわらかく、平易で読みやすいように変わっていきました。くわえて、雑誌は一行に決まった字数(本文18字詰め、キャプション15字詰めなど)なのに対し、ウェブでは読者が読むデバイスによって一行に入る文字数が変わるので、「最後の行に2字⋯⋯ 」などとならないよう神経質に文字送りする必要がありません。逆に、こちら側で「最後の行まで美しく整った字詰めの本文」「美しい箱組のキャプション」にしたいと思っても、そこは諦めなくてはなりません。
雑誌においては、一つの特集のなかで立体的な構成や、飽きない展開が要求されますが、ウェブだと一記事で読める心地よい長さや、タイトルとサムネイルを見て読者が期待した内容を届けることを重視するので、内容が行ったり来たりせず、伝えたいことにできるだけシンプルにフォーカスすることが必要になります。ウェブで、8記事の特集を毎週2記事にずつ公開する場合にも、前の記事を読んでいない前提で、1記事がそれぞれ読み切りで面白いように作ります。
なかでも「アイデンティティの危機」と感じるくらい衝撃的な変化だったのは、mi-molletでは編集者も「著者」であり「出演者」であることです。名前と顔を出して記事やブログを書き、時にはファッション記事の着比べ企画や化粧品のタイアップ記事に出たり、インスタライブやZoomイベントに出演することもあります。紙の雑誌では、編集者は黒子。特に講談社では巻末にクレジットされることもなく、表に出たことがなかったので、このあたりは、最初は恐怖でしかありませんでした。
評価軸もかなり違います。かつてのmi-molletでは一流のモデルとスタッフをキャスティングして作ったファッション特集よりも、編集部の「今日のコーデ」のほうがPV(ページビュー)やUU(訪問者数)が良いなんていうことが少なくありませんでした。もちろん、mi-molletが思うおしゃれを定義するような素敵なファッション記事は必要ですが、読者の皆さんにあまり読まれないのでは意味がありません。どの1記事も読まれてこそ。「人気記事アンケート」だけでは見えてこない反響が可視化されるのがウェブの面白いところです。
雑誌のトンマナにあったビジュアルを作るクリエイティビティや、超人気芸能人をキャスティングする力は、ウェブではそこまで重視されません。一方で、ウェブマガジンでは、読者のインサイトをより深く知ること、読者像を解像度高く把握することを求められている気がします。詳細にレポートを分析し、コミュニティメンバーとのコミュニケーションや記事に集まるコメントを通じて、「読者の今」を捉え直し、明日公開の記事タイトル、来月公開する特集の構成や、新規の企画提案に活かしていくことが求められます。
もちろん「新しい著者や才能を見つけ、育てる」という意味では、紙の雑誌の編集者も、ウェブマガジンの編集者も一緒。そこは忘れないようにと常々思っています。
しかし⋯⋯ 振り返るとなかなかハードな「リスキリング」ですよね。
紙からウェブに来たからといって、特に研修はなく、指導役の先輩がいたわけではありません。現在では編集長との1on1はありますが、新しく必要なスキルは実地で学んでいくほかありません。全員がいきなり担当ページを持ちながら、他の編集者やスタッフにその都度聞いて、仕事を覚えていきます。その過程では過去の経験やスキルに執着せずに手放す「アンラーン」が欠かせませんが、mi-molletに来た編集者は成熟した大人ばかりだからか、自然にそれができているように思います。
実は「編集者のリスキリング」について書いてみようと思ったのは、来週のリスキリングイベントの打ち合わせで一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事の後藤宗明さんにこう聞かれたからです。
「川良さんはウェブに来る前は、紙の雑誌の編集者だったんですよね。紙とウェブでは求められるスキルもKPI(最も重要な評価指標)も違ったんじゃないですか」
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