東海地方最大級の商店街とうねりを起こす
映画の世界を離れて久しい関谷さんでしたが、とにかく過去の経験を総動員して宣伝プランを作成します。もちろんそれだけでは足りず、昔の会社の知り合いに相談したり、インターネットでトレンドを調査したり。「効率よくやろう、ということは一切考えず、手数を打つ、とにかくやってみる、という気持ちでした」と語ります。
オンラインで映画の製作陣と打ち合せを重ねた関谷さん。しかし、岐阜で孤軍奮闘の営業活動だけでは限界もあるとも感じていました。何か、もっとおおきな「うねり」を作りださねば……。しかし一介の主婦にそんなことが可能なのか。悩むなか、買い物で普段は行かない地元の大きな商店街に行ったときに、ピンと閃いたと言います。
「かつて映画館がたくさんあり、『映画のまち』と呼ばれていた東海地方最大級の規模を誇る柳ヶ瀬商店街。その中にふたつ、昔ならではの映画館がありました。地元に密着したここで上映するのはどうだろうか。何のツテもないまま、チラシを片手に映画館に飛び込み営業をかけました。映画を観ていただき、支配人と交渉を重ねると上映をしてくださることに。そうと決まれば、1人でも多くの人に観てもらうことが私の仕事です」
関谷さんは分析を重ね、商店街での映画公開は7月、とプランを立てます。すると商店街の方から「ちょうど夏まつりと同じ時期だね。一緒に何かやる?」と提案をいただきます。
「街と一体化して宣伝活動なんて願ってもいないこと。楽しそう! このご期待、絶対に裏切れません。でも、何ができるのか。東京では映画の宣伝をしていたものの、私にはイベントの企画は経験がありません。
でも、だからこそ、やってみたかった。いつまでも昔の仕事だけをなぞっていたら、それ以上のことはできません。まずは参加商店街を募ろうと、『人を呼べる夏祭り企画』と銘打って説明会をしてみると、商店街の皆様も団結して集客できるならと大乗り気に。メディア取材まで来ていただいて、想定以上の大ごとになっていきます。柳ケ瀬商店街は、何百という商店があるので、もはや街おこしの様相を呈し、『映画プロモーション』では収まらないうねりが生まれていきました」
せっかくだから、この街をあげたお祭りの目玉企画を作りたい。そうすることで、商店街に、映画館に足を運んでくれる人が倍増するはず。そう考えた関谷さんたちは、ブレストを重ね、老若男女が楽しめるステージとして『一夜限りの昭和歌謡ショー』を企画します。
「ただ現実として、お祭りが始まるまで東海地方には私しかいなかったので、企画を詰めていくなかで、これはもう無理だ、と泣きそうになることもありました。会場の設営、ゲストの手配、当日の音響や照明……思いつくだけでも物凄い手数が必要です。家族にも、とても迷惑をかけました。それまで娘たちにつききりと言ってもいい主婦でしたから、家族は戸惑ったと思います。ましてや、さほどお金が儲かる見込みもなく(笑)、それで家事がおろそかになるのが申し訳ない気持ちもありました。
でも毎日必死で手足を動かしていると、次第に家族も応援してくれるようになり、地元にも支えてくださる仲間がたくさんできたんです。
名古屋大学映画研究会、岐阜市立女子短期大学、岐阜聖徳学園大学の皆さん、高校生の皆さんは市内中を走り回ってチラシを置いてくれ、友人たちは初日のお手伝いまでしてくださいました。商店街の皆さんにも……もう大感謝です」
そして迎えた本番、7月の3連休。メインゲストの美川憲一さんの登場と、公募により集まった地元の方々の笑いあり、涙ありの歌唱によってステージは大盛り上がり。商店街には1日に1万人以上が訪れ、映画『逆光』は、なんと柳ケ瀬商店街映画館CINEXで『トップガン マーヴェリック』を抜いて1位に輝いたそう。
脚本家・渡辺さんは映画『逆光』のインスタグラムで、関谷さんは『元プロの的確さと、素人のような情熱』と絶賛されています。その言葉こそ、彼女の姿勢を的確に表しています。
計算のないパッションと、まずはやってみる勇気。
その心意気が、彼女のキャリアパスを再び動かしました。2023年は、正式に須藤蓮監督映画の宣伝プロデュースを手掛けることが決定している関谷さん。コロナ禍で休止していた英会話教室も、字幕翻訳も、1歩ずつ前進していく予定とのこと。自分でペース配分ができるのが、フリーランスのパラキャリアのいいところです。
彼女のガムシャラで真っすぐな姿勢が、未来の幸福な「二足のわらじさん」のヒントになり、少しだけ背中を押すことを願っています。
関谷 奈美 Nami Sekiya愛知県名古屋市出身。早稲田大学卒業後、映画配給製作会社に入社。テレビアニメ、劇場映画宣伝を多数手掛けたのちに退職。2022年夏には映画『逆光』(監督および主演・須藤蓮氏、脚本・渡辺あや氏、須藤蓮氏)の東海地方宣伝を担当。2023年公開予定の須藤監督新作映画の宣伝プロデュースを手掛ける。
▶Instagram:@ namisekky
▶Twitter:@ NamiSekiya
構成/山本理沙
Comment