読書の秋、本屋さんでおなじみの「選書フェア」をミモレ誌上で展開! 編集部員が1つのテーマに絞って厳選、推薦コメントとともに紹介します。

カルチャー班の山﨑は「読めばその土地を旅したくなる、食がテーマの本」をテーマにセレクト。いつかのための予習として読むもよし、遠いかの地に想いを馳せて旅気分を味わうもよしの3冊です。


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庶民の味に注がれる、狂おしいほどの愛
『味の台湾』

その味を求めて旅に出たくなる!各地の「食」を深く味わう3冊【ミモレ選書】<br />_img0
『味の台湾』焦桐・著 川浩二・訳 みすず書房

小籠包に担仔麺(エビと肉そぼろ入り汁麺)、木瓜牛奶(パパイヤミルク)といった庶民の味に題をとったエッセイ60篇を収録。

慣れ親しんだ味に注がれる狂おしいほどの愛と、その記憶とともに語られる著者の半生。ふとした言葉選びや言い回しからその国の国民性や美意識を垣間見られるのが翻訳ものの醍醐味ですが、本書はまさにそれ。人は食べ物ひとつにここまで激しい感情を抱けるものなのか……と呆気に取られつつ、それを表す言葉を持っていることに軽い羨望を抱いてしまいました。

「何が台湾の味なのか」との問いに答えるために、十数年の間に台湾中の店を食べ歩いたという著者。◯◯といえばここは外せないというような地元の人気店、知られざる名店がその特徴とともに記載されており、旅先の限られた食事回数の中で絶対に失敗したくない私たちにとっては最高のガイドブックでもあります。

底本である『味道福爾摩莎』が出版されたのが2015年。コロナ禍を経て近い将来、自分が現地を訪れることができるその日まで、この店々が健在でいてくれることを願うばかりです。

 


各地の特色ある“家庭の味”を後世に残す
『全集 伝え継ぐ 日本の家庭料理』

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『全集 伝え継ぐ 日本の家庭料理』(一社)日本調理科学会・企画・編集 農文協

10代の頃からなんでかレシピ本が好きで、さして作るわけでもないのに本屋さんに行けば必ず棚をチェックし、お小遣いやバイト代でこつこつ買い集めていました。

あまりに増えたので一部は処分してしまいましたが、そう、やっとの思いで手放したのに、場所どうするんだと頭を抱えながらも買わずにいられなかったのがこのシリーズ。大人買いもできる歳ですが、手にするワクワクをたった一度で終えてしまうのがもったいなくて、また1冊ずつ買い集めています。

かつて各地域に定着していた、けれど伝承ゆえにこのままいけば近い将来、完全に姿を消してしまうかもしれない家庭料理を聞き書き調査によって掘り起こし、テーマごとにまとめた全16冊。レシピ本なのでもちろん作ることもできるけれど、その土地でしか手に入らない食材も多く、これほど「読むだけ、眺めるだけ」という使い方を肯定してくれるレシピ本もめずらしいのでは。

そこに住む人々が昔から慣れ親しんだ料理、その背景や込められた意味を地元のお母さんたちから聞くという、普通なかなかできない旅のしかたを疑似体験させてくれます。
 

傷ついた人たちの、生きてゆく支えとなるもの
『ベイルート961時間(とそれに伴う321皿の料理)』

2018年の1ヶ月半、ベイルートに滞在する中で口にした料理の数と同じ321の編からなる本書。著者は「料理本」といっていますが、レバノン料理にまつわる具体的な記述はほとんどありません。

レバノンの食について語る人々の言葉、街を歩いて得た雑観、著者がふだん暮らすパリや東京との比較といった短い記述がひたすら並びます。それはまるでパズルのピースのようで、一つでは完成しないながらも、積み重なるにつれて人々の食への想い、人生観、さまざまな歴史を持つ国の複雑さ、戦争による深い傷といったものが徐々に浮かび上がっていきます。

エッセイであり、そこに住む人々の言葉から土地の文化を記録したという点でいえば社会学、民俗学の本とも言える。語り口は詩のようでもある。どうにも説明の難しい本を選んでしまったなと少し後悔していますが、戦争がぐっと身近に感じられるようになってしまった今だからこそ読んでほしい一冊です。

傷ついた人たちがそれでも前を向き、明日を生きるための支えとなるもの。食をこんなふうに言葉にし、「レシピ」として残すことができるのかと、新鮮な感動があるはずです。
 


構成/山崎 恵
 

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