いつも通りの夏の日曜日に、突然の脳卒中で倒れたのは、48歳2児の母でありフリーライターの萩原はるなさん。救急車で急性期病院に運ばれ、予兆も準備もまったくないまま入院生活が始まりました。

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なぜ自分に、こんなことが起こったの? 後遺症は? 突然の事態に自分なりに向き合いながら、治療やリハビリに励んだ入院生活が終了。日々の生活に忙殺されるうちに、退院してから1年が経過しました。最終回では、倒れてはじめてわかったことや、今思うことについてお届けします。

 

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倒れたその日から始まっていた、私の脳卒中闘病記


いつも通りの日曜日にいきなり脳卒中で倒れ、それまでの生活が一変してしまった私。じつは倒れた当日から、「ライターとして、この貴重な経験を、多くの人に伝えるんだ!」と勝手に決めていました。

思い立ったのは救急車で運ばれている最中か、夫と別れて集中治療室に移動したときだったか……。とにかく担架やベッドに寝そべったままいろいろな場所に移動するので、「そうか、倒れたときはこんなにいろんな天井を見るのか。これは伝えないと!」と、半ばぼーっとしながらも、考えていたことを覚えています。

今考えると、「そこ!?」と、セルフツッコミしたくなる、どうでもいい情報です。

その後はベッドに寝たきりで動けないため、いろいろなことを考えてしまいます。一番考えていたのは、「いったい、自分は、そして家族はどうなってしまうのか」ということ。

退院後、どんな生活が待っているのだろう。見えない未来が不安で、心底知りたかった……!

幸い、集中治療室で気づいたときにはスマホがすぐ届くところに置いてあり、好きなだけ使うことができました。そこで必死に、「脳出血 予後」「後遺症の程度」「日常生活」など、さまざまなワードで検索。

いろいろな先輩方のブログや論文を読みましたが、ブログは不定期でぷっつり更新がされなくなってしまうことが多く、「結局、今はどうなっているの?」ともどかしく思うケースが少なくありません。

論文はというと、「なぜ、わざとわかりにくく書くの!?」というものが多く、知りたいことが明確に書かれている論文には、残念ながらたどり着けませんでした。

急性期病院にて、左手でセルフ撮影。すっかり伸びてしまった髪は、左手だけでは結ぶこともできず、リハビリ病院の理容室で肩より短い長さまで切ることに

そんな経験を経て、「闘病記を書こう!」という気持ちは、日に日に強くなっていきました。麻痺という感覚を言語化したり、リアルな入院生活や回復過程を伝えることで、突然倒れてしまった人やその家族に、少しでも役立てたら、と考えたのです。