「まさかこのマンションも有名塾に近いから……!?」


「中学受験というのは4年生から3年間塾にいくのが普通らしいのですが、妻はさらに早くから先取り算数塾に通わせていました。算数だけどんどんやる、と聞いて、ああ自分もやっていた公文みたいな近所の小さな塾だなと思っていたのですが、とんでもない。

その塾の選抜は非常に厳しく、ものすごい倍率が付いているとあとから知りました。妻は、知る人ぞ知る御三家登竜門であるこの塾を目指して、近隣のマンションを買ったのです。4年生になり、『大手中学受験塾に通うね』と言い出したとき、『え? 中学受験!? 本当にするの? しかもあの算数塾とダブルスクール? 小学生が?』と、飛び上がりました。自分なりに調べると、算数塾と大手塾のダブルで通えば4年生から年間100万円は軽く超えます。6年生では200万程度と書いてありました。僕は必死で、身の丈に合わないことはやめようと妻を説得しました」

正勝さんは、当時を思い出し、苦々しい表情になります。その金額をかけて、一体どれほどの大学に行くのだろう。まさか全員が東大に行くわけでもあるまいし、だとしたら無理をして通わせるより最終学歴の大学受験で頑張ればいいと妻を説得しました。ましてやお子さんは2人いるのです。もし1人目を受験させたのなら2人分の負担がのしかかります。

正勝さんは、決してケチというわけでも子どもにお金をかけるのが嫌と言っているわけでもありません。ただ、無理をして中学受験をして、仕事量が増えたり、家計を切り詰めたりするほどにはメリットが感じられないということなのです。

それでも、美佳さんと、なにより6割以上が中学受験塾に通う土地柄の影響もあり、「中学受験をしたい!」と言ったお子さんの意志を尊重した正勝さん。積極的に勉強を見ることはありませんでしたが、邪魔はしなかったし、夕飯が塾時間に合わせて遅くなったり模試で旅行の頻度が減ったりしても文句は言わなかったそうです。

「家は都心一択、中学受験は絶対条件」笑顔で譲らない私立育ち妻の狂気。公立推し夫の反論とは?_img0
 

そして月日はあっという間に流れ、ついに6年生に。

 

「ところが、周囲がいよいよ本気になり、子どもの成績が少しずつ落ちてきました。僕は最初から思い入れのある学校なんてなかったんです。でも中学受験を始めたとき『御三家や早慶の附属に入れるチャンスを棒に振るの?』と言った妻の言葉は頭にありました。

しかし夏前に志望校を塾に提出する段になり、それよりも偏差値の低い学校も書いてありました。塾にはいい学校は偏差値に関わらずたくさんある、合格できる学校も受けたほうがいいと言われていたようですが、僕からすればそれは最初の話と違うよね、と。ぶっちゃけると、このレベルの学校に入るために大金を払うの? という気持ちもありました。

本当に行きたい学校が不合格になったら僕のように高校受験に切り替えて頑張ればいい。そう話したんですが……妻は烈火のごとく怒りました」

それは美佳さんの「地雷」だったようでした。その剣幕に恐れをなし、またしても折れた正勝さん。

ご夫婦の足並みはそろわないまま、天王山を迎えます。

後編では、妻の美佳さんから見た「中学受験に協力してくれない夫」との数年間と、中学入試を通してご夫婦が見た景色について語っていただきます。
 

写真/Shutterstock
取材・文/佐野倫子
構成/山本理沙

 

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