平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
お隣のあの人の独白に、そっと耳を傾けてみましょう……。
第11話 偽る女
「今日はご苦労様でした。当社としても、高宮さんにとても期待しているので、入社の意志が伺えてよかった。書類の提出があるとはいえ、わざわざご足労をおかけして申し訳なかったね」
神保町の社屋の玄関で、内定者の彼女を人事担当者として見送る。夕方とはいえ、外はもう薄暗くなっていた。
「傘はお持ちですか?」
雨に気づいて尋ねると、リクルートスーツを着た彼女は少し表情をやわらげて首を振った。新卒入社面接の、最終意思確認が済んで気が緩んだのだろう。面接室の外で見れば、小柄でほっそりした肩がいかにもまだ学生という様子だ。
「いえ……でも大丈夫です、走りますから」
「傘をお貸ししますよ。健康診断か内定式にでも返却してくだされば」
「いいえ! 大丈夫です、あの、お返しするのが遅くなりますから」
「たしかにちょっと先か……。高宮さんの通勤予定経路、お茶の水駅ですよね? ああ失礼、人事部ってのは内定者の書類を隅々まで読みすぎて記憶してしまうんです。僕もお茶の水駅なので、そこまで一緒に行きましょう。こんな土砂降りですよ、スーツが台無しになります。なに、3分で鞄と傘2本を持ってここに戻りますから。駅で返してもらえばオールオーケーです」
「そんな、恐縮です、私は大丈夫ですから……」
僕は軽く手を上げると、高宮桃香をロビーに残して、デスクに戻った。
――少々、強引だったかな? こんな45のおじさんが、セクハラって言われたりして……。
心配しながらも傘を2本持ち、早足で再びロビーに戻ると、高宮桃香は所在なさげにソファーに浅く腰掛けていた。ハーフアップの髪の毛先を、落ち着かない様子で何度も触っている。
僕はほっとして、傘を差しだした。
……どうしても、彼女に確かめたいことがあったのだ。
人事担当者がどうしても気になる「彼女」に告げたいこととは……?
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