言いたくなかった一言「高宮さん、あなたの……」
高宮桃香の中に、これまでなかった微かな苛立ちが見てとれた。そりゃそうだ、いくら内定先の人事とはいえ、さして親しくないおじさんが、着地の見えない話をしているのだから。
「採用試験で拝見した人柄や経歴、能力が、入社して数十年単位でどうやって開花するのか、どう活きるのかがわかるんです。ああ、あれは口ばっかりだったんだな、という場合もあったりして、反省することもある。そういうのを見破って、適材適所にすることが人事の役目ですからね。本質を見て、たとえわが社で不採用にしたとしても、結果的にはその人のためになるんだと信じています」
「……人事担当者って、凄いんですね。いい気分ですか? みんなが入れてくださいってきて、選び放題なんだから、楽しいですよね」
高宮桃香の声のトーンが、はっきりと一段階、低くなった。今、彼女の何かに少しだけ触れた。
「……でも、10年に一度くらい、こちらの予想を超えた、とんでもない『悪意』に遭遇することがあるんですよ。暗い、こちらの善意も熱意も希望もまるっと裏切るような、とんでもない怪物が来る。
そういう人は、入社してから、お金や情報を持ちだしたり、同僚を退職や自殺するまで追い詰めたりする。なぜ、こいつを入社させてしまったんだと、歯ぎしりしたくなるような気持ちになるんです」
「……それが全く見抜けなかった、ってことですよね? でも仕方ないですよね。嘘なんていくらでもつけるんですから。人は結局、他人の本質なんて絶対に見えないですよ」
僕は、足を止めた。
「――高宮さん、君の経歴は、すべて偽物ですね?」
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